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「宜野座監視官、君が所属する刑事課一係は、公安局広域重要指定事件102にて2名の欠員を出している」

「...はい」


公安局広域重要指定事件102、通称“標本事件”
その犯人と推測された藤間幸三郎は二係が確保したが、表向きは行方不明となっている

全く持って納得行かないが、局長の手前問いただす勇気があるはずもない
よって、この件については追求しないのが暗黙のルールとなっている


「残念な知らせと、良い知らせがある。どちらを先に聞きたいか君が選べ」


なんとなく嫌な気分でここを去るのは良い気がしなかった


「では、残念なお知らせを先にお聞きしてもよろしいでしょうか」

「君ならそう言うと思っていたよ。新任監視官の採用も、現監視官の異動も少なくとも今年は無い」

「....承知しました」


つまり一係は俺が一人で纏めなくてはならない
狡噛がいなくなってからというもの、目が回りそうな程忙しい
それでも色相や体調に影響を及ぼしては元も子もないため、残業などは出来るだけしないようにしている


「良い知らせというのは、....入りたまえ」








その合図と共に背後のドアが開く音
戸惑いながら振り返る





「.....っ、なっ!」

「紹介しよう。新しく一係に配属される事になった縢秀星執行官と、狡噛慎也執行官だ」

「また宜しくな、ギノ」


そう差し出された手を見つめる


「君も知っている通り、狡噛執行官は元監視官。君の役に立つ事だろう。以上だ、下がれ」






























「縢と言ったな。先にオフィスに戻っていろ、俺はこいつに用がある」

「えぇ!新人を早速一人にするつもりっすか?」

「迷ったら誰かに聞けばいい。狡噛」


そう狡噛に向き直ると、察し良く俺の後ろを付いてくる













休憩室の扉が閉まる音が室内に響く


「....説明しろ」

「何も説明する事なんてない。施設で過ごしていたら執行官の適性が出た。そしてそれを受けた。それだけだ」


そんな当たり前の事も、今はなかなか脳が受け付けない


「....名前はどうしてる」

「散々な別れ方を強制させたお前が、本気でそれを聞くのか!」

「.....すまなかった、本当に」

「お前のせいで、あいつまであと一歩で施設送りだったんだぞ!」

「その言い方からして無事なんだな、良かった」



一発殴ってやろうかと思った衝動を必死に抑える



「ギノと名前はどうなんだ?」

「....何の話だ」

「名前は、そういう事なんだろ?」



狡噛の言っている意味が分からず、手のコーヒーを一息に飲み干す



「....何が言いたいのか分からないが、もう名前には近付くな。あいつは濁りやすい善良な市民、お前は潜在犯だ。関わって良い事など無い」

「....分かっているさ。それに、もう嫌われてるだろ。あいつから聞いたか?」

「....あぁ」



忘れるはずもない
それが、俺と名前を変えてしまった原因なのだから




「本当に申し訳無かったと思ってる。ただの俺の自己満足に付き合わせてしまった。....どうかしてたよ」

「....もうその話はやめてくれ。とにかくさっき言った事を忘れるな」

「あぁ。名前にはもう....触れない、関わらない」













































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「皆さんお疲れ様.....で.....す」


懐かしくも愛しくもあるその声に、わざと反応しない



あの日食堂で唇に体温を感じた時、俺は自分の気持ちに確信した
同時に、もうこれ以上傷付けてもいけないと己の心に蓋をした

名前にはギノがいる
それに俺はもう潜在犯だ
あいつにどうする資格もない


「の、伸兄....どういうこと」


顔を見ずとも分かる困惑した声色


「お!この可愛い子ちゃんも俺たちの飼い主さん?」

「あ、いや、私は....」

「新人だから忠告しておくけど、この子にだけは手を出さない方がいいわよ」

「く、六合塚さん....」

「名前、話がある」

「え、あ、うん」




そんな他愛も無い話を背中で聞くが、自動ドアが開く音にギノと名前が出て行ったことを知って、せめて後ろ姿だけでもと振り返ったのがいけなかった




ギノの後ろを歩きながらも、こちらに顔を向けていた瞳と視線が交差する




それに慌てて手元のキーボードに向き直す






「.....コウ、どうした....」


心配そうなとっつぁんに何と答えれば良いのか分からなかった




「コウ、名前は

「いいんだ、とっつぁん。分かってるさ」









あいつに触れられなくても、顔も見れるし声も聞ける

それで十分じゃないか





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