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「....執行官....」
....確かに潜在犯落ちした監視官は、執行官として戻って来る可能性がある
なんでそんな事も思いつかなかったのか
もう二度と会えないと思っていたのに
「....良かった、良かったね!」
「良くない」
「....え?」
ソファに座る私の正面に立つ顔を見上げる
「な、なんで良くないの....?」
「あいつは潜在犯だ、もう監視官の頃の狡噛じゃない」
「....だから?だからもう狡噛さんに恋しちゃいけないの?」
「濁ってしまったら全て終わりなんだぞ!」
「でも、今までだって他の執行官のみんなと関わってきた!濁った事なんかない!」
「それはお前が、あいつらに特別な情を抱いていないからだ!そもそも、思い続けた末に傷付くのは名前、お前なんだぞ」
でも感情なんてそう簡単にコントロール出来るものじゃない
いくら、一度は忘れようとしてそれが成功しかけてたとしても、またこうして身近に戻って来たのだ
....それでも伸兄が言いたい事も分かる
「.....分かってるけど!」
そんな私を見かねてか、伸兄が隣に腰を下ろす
「厳しい事を言ったな。いきなりの事でお前も困惑している中すまなかった。だが、もしもの事があった時に俺はお前の代わりに施設に行く事はできない。狡噛がいなくなってからの2週間、もうあんな名前は見たくない」
「な、なんで今、優しくするの....」
そう不思議に思って横を見ると、伸兄はこれ以上ない程強く拳を握っていた
嫌いになれない
忘れられない
でも狡噛さんは潜在犯
その上大前提として、狡噛さんは私の事が好きなわけでもない
未来の無い気持ちを全部押し殺すなんて、どうしたら出来るのか
そんな複雑な思いを抱えたままオフィスに戻って来ても、その姿を見ればやっぱり声が聞きたい、そう思ってしまう
伸兄は分析室に寄ってから戻って来ると途中で分かれた
「こ、狡噛さん!お久しぶりです」
意を決して、その背中に話しかける
ほんの少しの間でも怖くなって、何か言わなきゃと必死になった
「....食堂に新しいメニュー出来たの知ってますか?」
「...あぁ」
こちらに振り向きもせずに短く答える狡噛さんに違和感を感じた
「....美味しいケーキ屋さん見つけたんです!今度食べに行きませんか?」
...私何言ってんだろ
緊張でどうでもいい話しか出て来ない
「執行官は監視官の許可無しに出歩けない」
「あっ....すみません....」
その言葉にチクリと胸が痛んだ
成績優秀でいつも皆の憧れだった監視官は、社会にとっての害となってしまった
「じゃ、じゃあ伸兄に頼んで一緒に行きま
「悪いが、興味無い。ギノと一緒に行け。俺はもう宿舎に戻る、じゃあな」
私は呆然とした
優しかったはずの狡噛さんは、私と一度も目を合わさずに席を立ちガラス張りのドアから出て行ってしまった
どういうこと....
私嫌われたの?
私何かしたの?
「....名前、コウはそういうつもりじゃないさ....」
「で、でも....」
「執行官としての勤務初日なんだ、きっと疲れたんだろ」
「....本当にそう思う?お父さん」
「執行官に降格したのをまだ受け入れられてないのかもしれん。少なくとも名前に何か意味があったわけじゃないさ」
「....そう、だね...」
私はそう信じた
そう信じるしかなかったから
明日になれば、また優しい狡噛さんが戻って来るはず
私は無理にでも自分をそう思い込ませた
次の日
「お疲れ様で....」
そうオフィスに入りながら言いかけた私と入れ替わりに出て行こうとする
「あ、狡噛さん!」
私が呼び掛けても、その歩みを止めることなく
「お手洗いに行ってくる」
とだけ言って去ってしまった
私は待った
「名前、もう帰るぞ!」
「もうちょっと!あと5分だけ!」
「昨日の話をもう忘れたのか!」
「また明日って言うだけだから!好きとかそう言う感情以前に、普通に接するならいいでしょ?」
「.....はぁ....」
とは言うものの、もう1時間経ってる
お手洗いなんて嘘だ
狡噛さんが嘘をついた理由が分からなくて、少なくとも私のせいだとは思いたくなかった
だから、待ったのに
そんな私を嘲笑うかのように、狡噛さんは戻らなかった