▼ 389

「それも宜野座さんが持ってるはずです」

「わ、分かりました。少し待って下さい」


昨日丸一日部屋で休んでもう元気だからって、"仕事に戻る"とスーツに着替えようとした身体を必死に押さえ付けた
本当に仕事人間過ぎて私が呆れちゃう

伸兄のデスクに着いて開いたパソコンの画面
この間あった出動の報告書とか、管財課からの月別明細の要請とか
本人も監視官だった頃の意気が抜けてなければ、常守さんもまた伸兄をほぼ監視官として見てる部分がある
そのせいで私には絶対回って来ないような業務までこなしていて、いざこうして休まれるとかなり大きな穴に....

でもそんな事でオフィスまでは来させたく無いし、パソコンのユーザーIDとパスワードを知っている私が代わりに大量のフォルダの中から必要な書類を探し出してる


「今送りました!」


そしていざ書類探しが終わると、私はまたやることが無くなる
シビュラが見張る社会で大きな事件はそうそう起きない
むしろ私が執行官になりたての頃が異常だったんだと思い知る
マキシマもカムイも
毎日毎週どころか、毎年すら無いと思う

普段ならネットサーフィンとか何かドラマを見たりするけど、今目の前にしているのは未知が詰まっているモニター
一つとして適当に保存されたファイルが見当たらない
全部、後ですぐに見つけ出せるようにか事細かに分類されていて、"伸兄はこんな人だったな"と息を吐いてしまう

....何かエッチなコンテンツとか保存してないのかな....

もうずっと一緒にいるのに、昔からそんな影が一切無い
好きな女優さんとかも無い
思春期なんてまるで存在しないような
同じ屋根の下でこれだけ長く暮らせば、"一人お楽しみの時間"を見ちゃったって事もあり得そうなのに無い

頬杖をつきながらスクロールしていくフォルダ一覧
別に急に巨乳な女の子が出て来ても気持ち悪がったりはしない
私だって、その俳優さんをイケメンだと思うかは置いといても、客観的に見て馬鹿馬鹿しい恋愛物で夜な夜なニヤけたりする

なんだったらお互いそれで笑い合えれば良い
『こんなの好きなの?』って、馬鹿にし合えればいい
『私こんなに可愛くないけど?』って困らせられたらいい

....という期待とは裏腹に、流れて行くのは堅苦しい文字の羅列ばかり
もう....こういうところが伸兄は面白くない
真面目過ぎて、大人過ぎて
ハメを外す事も無いし

そんな中で振動で知らされたアラーム
薬の時間だって私が設定した物
そのままデバイスを開いて、メッセージで
"ご飯食べた?薬飲んだ?"
と打って送信する

初日こそ大慌てしたけど、薬のおかげか私が頑張った成果か
2日目の昨日では既にトレーニングもこなせていたくらい
その様子に私の張り詰めていた緊張感もどこかへ行ってしまった
....でも一昨日も結構好きだった
体調悪くて余計な事を多く考えられなかったのかな
すごく従順で素直に笑ったり甘えてくれたり....まぁ、確かに潜在犯になってからは昔よりずっとそうではあるんだけど....


"ああ"

返事は相変わらず素っ気ない
もうちょっと何か一言でも付け足せないのかといつも思う
"ありがとう"とか
"仕事頑張れ"とか
顔を合わせると、特に日常茶飯事に怒る時とかもう聞きたくないくらい喋るのに
報告書をこんなに書けるなら、メッセージも打てるでしょ
せっかく私が心配して....


「....ん?」


と心の中で文句を連ねている時だった

突如見つけた一つだけ他と違うフォルダ
大抵は日付とか、内容物の種類が書いてあるのに、これだけタイトルが無くて何が入っているのか全く検討もつかない
もしかして空なのかもと開いてみると、パスワード入力を促すウィンドウが飛び出た

....怪しい

さすがに怪し過ぎる
直接本人に聞くのが術なんだろうけど、もし本当に"怪しい物"ならきっと教えてくれない
何だろう
まさかエッチなやつ?
パスワードまでかけて守るなんてそれくらい刺激強めな物?

なんてほぼ肌色だろうと決め付けて思い当たるパスワードを入力して行く

4桁の数字みたいだし、安直に誕生日とか
誕生年とか
1234とか
0000とか
....忘れないようにどこかにメモしてないのかな....

デスク周りを見渡しながら、適当な数字をあてはめる...けど全て見事に弾かれた

普通エッチな物にどんなパスワードかける?
私だったら....と考えてみると"その俳優さんの誕生日かも"って諦めてしまいそうになった

唐之杜さんに頼んでみようかな....
でもそこまでして開けて唐之杜さんまで怒られるのは本望じゃない
"私がお願いしたの"って説得すれば大丈夫かもしれないけど....

どうしよう
私もそろそろお昼行こうか
その間にパスワード考えてみればいいし
ダメだったら夜それとなく本人に聞いてみて
その反応次第で唐之杜さんにお願いするか考えれば、え


「あ」


ぼーっとひたすら、"当たるかもしれない"って有って無いような期待で日付を入力していたウィンドウが消えて


今入力したのって

間違ってなければ


私に宜野座の姓をくれた日





[ Back to contents ]