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「なにこれ....」


と呟いてしまいつつも、これが何だかは見て分かってる
パスワードがかけられたフォルダの中身は、また幾つものフォルダに分けられていて

"ブーケ案"
"スタジオ装花デザイン"
"フォトデータ"
"捜索"
"記録"

最初の三つはその名前からある程度中身の予想はつくからと、私がまず開いたのは"捜索"
表示されたのは、およそ500近い報告書


「名前さん、休憩大丈夫ですか?」

「え、あ....っ、間違えた」


そのあまりにも膨大な書類のリストに茫然としていた私は、かけられた声に思わず画面を閉じてしまった


「後で行きます....」

「分かりました、私は少し局を出るので何かあったら連絡して下さい」

「は、はい」


椅子をくるりと回して、オフィスの扉が開いて閉じるのを見届ける
同じ室内にはヘッドホンをして雑誌を読む六合塚さんと私だけ

期待していたエッチな物の方がこんな場所で開けるはずないのに、何故か見られちゃいけないような気がして
再度開いたウィンドウを必要最低限まで縮小した

それにしても500って....
さすがに全部は見れない
でもこんなにあるとどれを見たらいいのかも分からない
適当にって思っても、ついついスクロールばかりして保存された日時が遡ったり進んだり

....一回落ち着こう
妙に鳴り響く鼓動を落ち着かせるように、大きく飲み干したリンゴジュース
目の前には小さな赤べこが2匹揃って肩を寄せ合ってる
綺麗に整頓されたデスク
両親、特にお父さんを思い起こすような物や伸兄らしいサボテンが置かれてる
ここには宿舎みたいに、所謂私達夫婦を感じられる物は無い
写真の一つも飾ってないし、お揃いで置いてる物も特には無い
強いて言えばマグカップが同じだったりするくらいだけど....

....とゆっくり呼吸をしながら空になった缶を置いた


期間は2113年4月から2114年10月までのおよそ1年半
ざっと見ても欠けてる日が無い
更に"捜索"という名前からしても少なからず勘付いた私は、目を閉じてランダムに開いた物を見る事にした

"2113年10月13日 新規手がかり無し。目撃情報無し。以上"

....どこにも提出されていない至極簡素な報告書
多分テンプレートだけ使って、個人用に残してたんだと思う
そこから"次へ""次へ"と書類を展開しても日時が変わっているだけで内容は同一

"2113年10月14日 新規手がかり無し。目撃情報無し。以上"
"2113年10月15日 新規手がかり無し。目撃情報無し。以上"
"2113年10月16日 新規手がかり無し。目撃情報無し。以上"

こんな事を毎日....?
1日も欠かさずに毎日....
何の新しい情報も得られてないのに毎日
毎日毎日
"手がかり無し"
"手がかり無し"


呆気に取られながら震える手元
規則正しい文字の後ろの感情が見える気がして胸元を左手で抑えた

ずっと探してくれてたのは知ってる
その間きっと辛かっただろうって事も分かってる
でもそれに直接触れたのはこれが初めてで....
自分の事に精一杯で、深く考えた事も無くて

どんな思いで毎日、誰にも見せる事の無い報告書を書いてたの?
どんな思いで毎日、何も返って来ない調査をし続けたの?
どんな思いで毎日、もう居るかどうかも分からない私を

どんな

どんな....っ、

え....

ちょっと、
ヘッドホン





『....もう一年か、速くはなかったな....
その、実はサイコパスが良くないと向島先生に脅されたんだ。このままだと本当に危険だってね。
それで、メンタルケアとして日記でも書いてみたらどうかって言われて今こうしてこの映像を撮ってる。
はぁ....日記と言われても俺が溜め込んでいるのはお前に伝えたい事ばかりだ。
だからこれから時々、お前と話をしているんだと思って独り語りをしてみようと思う。....笑わないでくれ
....、なんだろうな....
....ダイムは元気だぞ、お前の私物も出来る限りはこっちに持って来てあるから心配するな。
そうだ、俺も親父みたいに左腕が義手になったよ。替えもきくし案外便利だ。
....いざこうすると何を話したらいいのか分からないものだな....
俺は....帰ってお前が居ないことにまだ慣れない。喧嘩をしない日々も思った以上に寂しい。
....俺達はまだ結婚したばかりじゃないか....お前があんなにも張り切って選んだウェディングドレスもまだ着てないじゃないか....
....一体どこで遊んでるんだ、いつも帰りは遅くなるなと言って来ただろ....
....、楽しんで笑えているのならいいが....そろそろ帰って来てくれないか
....今日はこれくらいにしよう、次はもっと上手く話すよ』


"記録"のフォルダ
約50の動画ファイル
そのサムネイルは全て、真っ暗なオフィスでパソコンの光だけを浴びてるスーツ姿の夫

唇が震える
瞬きさえ忘れて
映像が滲んで



『....名前、一年半だぞ....この動画ももう48本目だ
苦しんでないか....?
悲しんでないか....?
ちゃんと幸せなのか....?
....もうこの世界に飽きたのか?
それならそうと教えてくれ、俺も一緒に....
....そこでまた二人で行きたい場所を探そう....
どこへでも、お前の好きな場所に....
はぁ....
....お願いだ、....そろそろ限界なんだ....すまない....
昼間常守達に平気な顔をするのも簡単じゃない、お前にもこんな姿は見せたくはないんだが....
....許してくれ
....許してくれ....』






「あ....六合づ

「大丈夫よ、あなたは何も悪くない」





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