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画面の向こうでは俯いて隠された表情
私にも滅多に見せることの無い嗚咽を伴った弱り
その息をするのも苦しそうな、途切れ途切れ私の名前を口にする声が私の心臓を強く深く抉って行く


『....名前.....どうしたら....いい.....
....お前が居ない世界で....俺は、何の為に....生きて.....
クソっ.....』


気付けば私も声が漏れていて
隣では何も強制せずにただ背中を撫でてくれる六合塚さん

....もう過去の事なのに
今はお互い笑い合って過ごせているのに
画面越しに一緒になって涙が抑えられない


「気付いてあげられなくてごめんなさい。まさかこんなに追い詰められていたなんて....気付かなかったわ」

「そう...なんですか....?」

「確かにずっとあなたの事は探してた。本当に一瞬たりともあなたを忘れた事は無かった。それは私達全員が保証できる。でも、もっと前向きな様子だったの。"必ず見つかる、きっとどこかで遊んでるだけだ"って」


なら、さっき言ってた"昼間常守達に平気な顔をするのも簡単じゃない"って....


「良い意味で楽観してると私達は思ってた。時々皆で、主に彼に気晴らしさせる為ね、外食する事もあったの。カフェだったりレストランだったり、常守監視官が先立って計画をしてた。その先々で彼、毎回必ずお土産を買って帰っていたのよ。"妻も来たかっただろうから"、"もしかしたら明日帰ってくるかもしれない"って」

「....それ、どうなったんですか....?」

「もったいないけど....破棄してたって聞いたわ。今思えばあなたの為に買った物だから、"また帰って来なかった"現実を受け止めて自分で消費するのも、誰かに譲渡するのも厳しかったんじゃないかしら」


....その時の心情を想像してまた苦しくなる
ティッシュを口元に当てても止まらない息苦しさ


「こんな動画を撮ってた事も知らなかった....いいのよ、誰もあなたを責めたりしない」

「....なんで...こんなに悲しいのか....分からないんです....もう終わった事なのに....」

「一種のサイコハザードね、映像の向こうにいる当時の彼の精神状態に影響されてる」


私より年下で普段敬語の六合塚さん
でも唐之杜さんと同じように"お姉さん"のような存在だし、これくらいがぴったりな気もする

声を上げて泣く私をそっと抱きしめて、"大丈夫"と優しく繰り返す




























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「ただいま、....何してるの?」

「猫用のおやつを作ってみたんだが....」


一日中宿舎に篭り、何もせずにいる事がどうにも苦だった俺は台所に立つことにした
タブレットを用いてレシピを調べ、見様見真似で手を動かしてみたところ....


「....これは....まだ作り終わってないんだよね?」

「....いや...完成したつもりだ」


猫の事だが、実はすでに2ヶ月前に引き取り手は見つかっている
子どもが生まれたばかりの夫婦で、それに伴い引っ越しをしているそうだ
初めての子育てで慣れない部分も多く、引っ越しもそうだが生活が落ち着いたら引き取りたいとの事
目安は3ヶ月という事になっている


「やっぱり伸兄、料理だけはダメだね」

「何が悪いのかさっぱり分からない」

「雑なんだと思うよ。分量とかちゃんと計らないし、材料も均等に切らないし」

「そんなに影響する物なのか?」

「もう....」


と呆れたような溜息を吐かれたかと思えば、


「今度から一緒に作ろ」


とどこか儚く笑った


「....何かあったか?」

「ううん、何でもない」

「名前、もし仕事で

「何でもないってば。ただちょっと....」


弱まる語尾と共に、ゆっくり胸元に顔を埋めて来た温度
今日は出動も無かったと聞いているが....
当直も常守だったはずだ
思い当たる起き得そうな事は....


「....あのさ、約束して欲しい事があるんだけど」

「....なんだ?」

「絶対私より先に居なくならないでね、....そんなの耐えられないから....」

「....突然どうした?」

「いいから約束して!」


何かそういう類のドラマでも見たのか?
どことなく泣きそうな、悲しそうな雰囲気を纏う様子に俺まで不安になってしまう


「....無理言うな、そんな約束出来ない」

「え、な、なんで....?」

「それだと俺がお前が居なくなるのを見届ける事になるだろ。お前が耐えられないなら、俺も同じだ」

「....でも

「とにかく、こんな話はやめよう。お前にはただずっと笑っていて欲しい、悲しむくらいなら考えるな」


不満そうに顰められた眉
何があったのかは知らないが、残酷な未来より温かい今を謳歌したい
例え考えなければならない時が来ても、それは俺が背負えば十分だ


「夕飯にしよう、それとも先にシャワーがいいか?1日仕事して疲れただろ?」

「もう....ちょっと待って。....少しだけ、このままでいさせて」





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