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「猫ちゃん....今日で最後だよ」

「そんな悲しそうにするな」

「伸兄だって今日は仕事でミス連発してたくせに」


引き取り手の家族から目安は3ヶ月と言われたけど、もうすぐ4ヶ月になる
最初に想定したよりかなり長く共に時間を過ごした猫
未だに名前は付けてあげられてないけど、確実に当たり前な存在になりつつあった

私はあれ以来、猫ちゃんと近くなりすぎないようにって距離を保とうとしてたのに
あんな事言っていた伸兄の方がのめり込んでしまっている
まぁ、どちらかというと猫ちゃんの方が伸兄にくっ付きたがるんだけど....


「霜月さんすごい怒ってたじゃん」

「あいつは俺に対していつも不満があるだろ」

「やっぱり好きなんだよ、絶対。ツンデレってやつ」

「ならデレは何だ?」


私も随分成長した
霜月さんに対してむしろ可愛いと思えるようになった
相手が若いから、自立した監視官だからって、そんなのどうでもいい事だと気付いた

だって、私が変わるわけじゃない
伸兄もそう簡単に心変わりするような人じゃないし、約25年かけて築いて来た関係性を壊せるものなんて私たち自身以外には無い


「それは伸兄が優しくしてあげないから、デレが出来ないんでしょ」

「特に厳しく接してるつもりはないぞ」

「はぁ....本当に乙女心分かってないよね」


もう季節は秋
執行官になってから約1年
ドミネーターの扱いにはかなり慣れて、パラライザーならもうお手の物
エリミネーターやデコンポーザーはどうしても撃つ機会が無くて、何故かいつも結果的にそれが作動した事件は私は唐之杜さんと共に分析室
非番だったりする日もあって、時々簡素で黒いスーツを血だらけにして帰って来る伸兄にギョッとする


「だから他の人と同じように接してるんでしょ?何とも思われてないんだって、悔しいんだよきっと」

「....だが、実際俺は何とも思っていない」

「....もういいよ」


伸兄のこういうところ、嫌いじゃない
恋愛の"れ"の字も分からないのに、私の事は例外無くずっと見てくれる
なんだかんだ言って甘やかしてくれるし、時には"男の顔"もする
鬱陶しいくらい気にかけてくれるけどそれが実は嬉しかったり
....私も大人になったのかな


「霜月さん、常守さんの事もそんなに気に入ってないみたいだし、伸兄だって昔はそうだったでしょ?理解者になってあげたら?」

「お前はあいつが俺に気があるんだと思ってるんじゃないのか?」

「でも、いつまでも嫌われててもしょうがないじゃん」

「....ちょっと待て、俺は嫌われてるのか好かれてるのかどっちなんだ」

「....恋愛ドラマ見る?」


それぞれ猫とダイムを抱えながら見ているのはバラエティー番組
最近勢いのある若手俳優が、自分が主演している映画の番宣に来てる
はっきりとした目鼻立ちで、巷で女子が大熱狂している理由も分かる
なんて事を考えながら、
腿の上に乗る猫を撫でながら、
隣に座る夫の顔を盗み見て、


「....分からないな、そもそも何故俺なんだ。特別好かれるような事も嫌われるような事もしていないだろ」


モデルとかやったら、こんな若手俳優なんて敵じゃなさそうだなって


「イケメンは存在するだけで罪なの」

「....どういう意味だ?」

「愛してるって事」


その頬にすかさず短くキスをした
気恥ずかしそうにやや赤くなった顔に猫ちゃんと一緒に笑う



まったりと流れていく時間
明日には家族が一人減る
ダイムも交えて3人でちゃんと話もした
泣いたりしない、猫ちゃんはお嫁さんに行ったんだって

4人で過ごす最後の夜
夜中までみんなでテレビを見た
犬と猫にはそれぞれ専用のデザートあげて、私と伸兄はこの為にオーダーしていたケーキにナイフを入れた
甘い酸味が広がる中、なかなかカメラに向いてくれないペット達と騒ぎながらも良い写真が撮れた

楽しい夜だった
それが猫ちゃんにとっても同じであるように願って


「今日はみんなでここで寝ようよ。床に布団敷いてさ」


明日からまた元の生活に戻るだけ
悲しくなんてない
ただちょっと....


「その前に風呂だ。今日は浸かるか?この間買った塩もまだ使ってないだろ」

「だから塩じゃなくて、バスソルトだってば!」





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