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「名前、せっかくの休みだ。どこか出掛けよう」

「どこかって?」



俺の言葉に従ってなのか、自分の意思なのか
狡噛は執行官として一係に戻って来て以来、全く名前の相手をしなくなった

執行官との距離を保つと言った点、そして無駄に名前に期待させない点としては俺も望んだ事だった

それに名前も最初は戸惑っていたようだが、今は吹っ切れたのか特に落ち込んだ素振りも見せない


それでも俺は釈然としなかった

数日に一度の頻度で求めて来る名前に、利用されているようで気分がいい物では無い

表に出さないだけで、変に溜め込んでいるのではないかと不安だった



「行きたい所はないのか」


露わになっている背中を引き寄せると、シーツが擦れる音がする
腕の中でこちらに体を向き変える様子を見つめながら返事を待つ


「行きたい所....どこでもいいの?」

「尽力しよう」

「明日は?仕事?」

「午後の当直だ」

「日曜日なのにね」

「犯罪は曜日に関わらず起こる」


そんな事を言う物だから、旅行にでも行きたいのかと思ったが故、次の発言は全く予想できなかった


「じゃあ、お買い物したい」

「買い物?欲しい物でもあるのか?」

「女の子はいくら物を持ってても足りないの」

「....給料は貰っているだろ」

「....買って欲しいなんて言ってないけど」

「バレバレだ」



俺より休みが多い名前は、買い物くらい行こうと思えばいつでも行ける
それでも俺に強請るという事は、そういう意味なのだろう



「私よりよっぽど稼いでるんだからいいじゃん」

「....分かった、なら早く起きて支度し...んっ」



離れようとした途端に、首元に細い腕が絡まり強引に口付けされる




「まだ7時だよ、ショッピングモールが開くのは10時。....ダメ?」



名前はいつからこんな顔をするようになった
俺のせいか
それとも、狡噛への思いのせいか



「....俺は狡噛じゃない」

「別に伸兄を狡噛さんの代わりになんてしてないよ」


狡噛への淋しさを紛らわすため
それが名前が選んだ叶わない思いの対処法、という事か
つまり完全に諦められたわけでも、心に傷が無いわけでもない
密かに負の感情を抱えて、それに負けそうになれば俺に助けを求める


「....お前にとって俺は何だ」


ただの都合のいい男なのか
それともそこには特別な感情があるのか




「....居なくなったら嫌」





同じ事を思っているという点では、やはり長年一緒に過ごして来ただけある

そんな名前の言葉に深く息を吐く





「全く....それで、どうして欲しい」

「どうって、聞くの?」

「言わないなら俺の好きなようにするぞ」

「うん、それがいい」



毎度求めておきながら、自分からは何も動かない名前は、狡い以外の何者でも無い



























































「っ!30万だと!?買わないぞ!」

「いいじゃん!それくらい監視官だったら一瞬で稼げるんだから!」

「それ程の対価を毎日払っているんだ!」

「じゃあ、私にはその価値が無いってこと?」

「そうとは言ってないだろ!」


白い手首で光る宝石

所謂高級ジュエラーで、ガラスケースに入っていたブレスレットを試着した名前は終始目を輝かせている



「30万だぞ!ふざけているのか!」

「ダイヤモンドなんてそんなもんだよ!私達が毎日着てるスーツだってそれくらいでしょ!」

「スーツは仕事着だ!ブレスレットとは話が違う!」

「毎日着けるから!」


試着を担当してくれたスタッフの女性が、カウンター越しに苦笑いをする
ケチな男だとでも思われているのだろうか



「どうせ使い切れないほどの貯金あるでしょ!」

「馬鹿か!公共の場でそんな事を言うな!そもそも、家賃に水道電気代等の生活費は全部俺が払っているだろ!」

「なら、30万くらい余裕でしょ?」



なかなか折れない名前に、それで少しでも狡噛への思いが癒えるのなら安い物だと自分に言い聞かせるしかなかった


「....ここにサインをすれば良いですか?」































「そんなに気に入ったのか」

隣の助手席で手元を何度も見てはニヤニヤする名前

「うん、ずっと欲しかったんだから」

「....あの場で見つけた物じゃないのか」

「前に一人で行った時から目星付けてた」


....俺は思いっきり乗せられたのか




それでも偽りのない笑顔を久々に見た気がして少し安心した





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