▼ 33

「お前、料理上手いんだな」

「これが本物!オートサーバーなんて比べ物にならねーよ」

「そう言えばまだお前の歓迎会をしてなかったな」

「そういうコウちゃんだってまだっしょ?まぁ、コウちゃんなら歓迎会じゃなくて、お帰りの会?」




縢の作った料理を口に運びながら談笑する




「んで、あの子さ。あー、なんだっけ?」

「....名前か?」


頭の中では何度も呼んだその名も、口にしたのは久々で


「あそうそう、名前ちゃん!くにっちが言ってたギノさんの妹って本当?それにしては似てなくね?」

「あいつは幼少期に親を失ったらしい。んで、とっつぁんに拾われた。だから血縁関係は無い」

「....ん?なんでとっつぁんが拾ってギノさんと関わりがあんだよ」

「はぁ...とっつぁんはギノの実の父親だ」

「....えぇぇぇ!?あの征陸のとっつぁんが!?」


まぁ俺も初めて知った時は驚いたがな


「ただそれ、ギノの前では禁句だから気を付けろよ」


言い終わるのと同時に水を流し込んだ



ギノもあそこまで、とっつぁんにきつく当たらなくてもいいんじゃないかなと思う反面、幼い頃に受けた偏見がトラウマだとなると何も言えない

名前がとっつぁんに普通に接してるだけ、まだマシなのかもしれないな


























「そんでさ、コウちゃんはその名前ちゃんと何かあったわけ?」

「...いや、別に」

「もしかして元カノ?」

「違う、ギノ繋がりで知り合ってただけだ。」



どうも名前の話題は落ち着かない

最初の頃は、明らかに冷たい態度を取っていた俺にまだ以前と同じように接してくれていた

俺は愛想を尽かされてしまったのだろうか

近頃は俺に見向きもしない
それが目的だった筈なのに、いざ突き放されてしまうと苦しいものだ

その上、最近ギノと争っている所も見たことが無い
あの二人、進展があったんだろうか

その状景を見せつけられる度に、どうしようもない虚無感に襲われた



「じゃあ、ケンカでもした?名前ちゃん俺とは普通に話してくれるし、この間食堂にも一緒に行ったけど?」

「.....」


不覚にも羨ましいと思ってしまった自分がいる
...自業自得なのにな


「どうなんだよ、気まずい関係なの?」

「....もういいだろ、この話は」

「ダメダメ!今日はハッキリさせるって決めたんだ!」

「そんな勝手に決められてもな....」

「仕方ねーなぁ」


そう呟いた縢は端末を使って何やら送信したようだった


「ギノか?」

「ん?お楽しみー。まぁほら食べて食べて!冷めちゃったら美味しさ半減!」


お楽しみって何だ
とは思いながらも、冷める前に食べた方がいいのは事実


「じゃあさ、コウちゃんはなんで潜在犯落ちしちゃったの?優秀な監視官だったんでしょ?」

「優秀だったかどうかは分からないな。潜在犯になったのは俺自身の失態だ」

「何それ、メンタルケアしなかったとか?」

「まぁそんな所だ」



佐々山が残した写真
そのファイル名はマキシマ
....絶対に捕まえてやる
執行官になった今失う事は無い

必ずあいつの死を無駄にはしない










「おかわりいる?」

「そうだな、少し貰えるか?」

「よっしゃ、どんどん食べろ!アルコールもあるけど...


ピンポーン




器を縢に手渡したのと同時に部屋に鳴り響くチャイム


「お、早いな」

「誰か呼んだのか?」

「まぁね、コウちゃんドア開けて来てあげてよ」

「...分かった」



俺以外に誰か来る事なんて聞いてない故に、俺は帰った方がいいのかと思考を巡らせながら部屋の出入り口へと向かう

ドアの横にあるボタンを押せば、独特の機械音を発しながら開かれる扉



それとともに中に流れ込んだ声に、俺は誰かに心臓を握り潰されたかのような感覚がした


「秀くん、またご飯作っ....た...の?」






俺を少し見上げる高さにある顔は、紛れもなく触れたいと思っていた物だった

瞬きもせずに俺を見つめる瞳は困惑に染まっていて、まるで俺の瞳を映している様


「....名前....」

「こ、こんばんは....」


そう小さく会釈をして、俺の横を通り抜けていく


今まで名前とどう接していたのだろう
どう会話をしていたのだろう
どう触れていたのだろう

その全てが思い出せなくなってしまった





「秀くん今日は何作ったの?」

「オムライス!この間リクエストしてくれたっしょ?」

「おー!ありがとう!美味しそう!」



なんの隔たりも無い二人の会話に俺は耳を塞ぎたくなった

いくら俺が名前より年上とは言え、縢とは出会ってまだ数ヶ月な筈だ


あだ名呼び、タメ口
それに前にも料理を振る舞った事があるような言い方


俺はもう名前の世界のは存在しないのか
あの時のキスを今更悔やんでも仕方が無い
嫌いになれと言ったのは俺だ



こんなに苦しい思いをしているのに、本人を前にすると手が出てしまいそうになる衝動が、自分に己の弱さを突きつけているようだ










もう俺は、二度と名前には届かないのか





[ Back to contents ]