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「名前ちゃんも料理するんだって?」

「本当にちょっとだけ。ハイパーオーツで加工された食材を使ってるんだけどね」

「まぁ今時本物の食材は手に入んねーもんな」

「今度作り方ちゃんと教えてね」

「もちろん!その時はコウちゃんもどう?」


途端に話を振られて一瞬言葉が詰まる


「あ、あぁ...」




すぐ隣に座る名前に、俺はどうしたらいいのか分からずただ鼓動が早まる

それに対して名前は、こちらを見向きもせず縢と楽しそうに話している

もうその笑顔が俺に向けられる事は無いのか



「....よし!俺ちょっと出て来る」

「な、どこ行くんだ縢」

「すぐ戻って来るから!」

「え、ちょっと、秀くん...」


そう縢を引き留めようとする名前に、何か耳打ちして結局出て行ってしまった







ドアの閉まる音を最後に、緊迫した静寂に包まれる



ただ俯く様子に、俺が何かを話さなきゃいけないと思った

でも何を話せばいい

真新しかったスーツも今ではすっかり馴染んで、それが一層もう俺の知る名前では無いと俺に錯覚された




「....ギノは、」


静けさを破った俺の声に名前は肩を震わせた


「ギノは名前がここに居る事を知っているのか?」


あれほど色相維持に気を抜かず、執行官とは距離を置くギノの事だ
濁りやすい名前をこんな安易と縢に送るとは思えない



「.....狡噛さんには、関係ありません....」

「....そう、だな。すまなかった」





再び二人して沈黙する

全く縢はどこに行ったんだ
さすがに名前を一人ここに残して去るわけにもいかない

ここに居られるほど心は強くないが、側に居たいという葛藤



もう以前の様には戻れないのだろうか

....全て自分で壊しておいて戻りたいとはな
本当に情けない




「...仕事はどうだ?慣れてきたか?」

「....そこそこです」



俺はこんなにも口下手だっただろうか
会話一つ繋げられない

こんな時佐々山ならもっとリード出来るんだろう
あいつに色々教わっておけば良かったと助けられなかった俺が嘆いても仕方がない



紛れもなく隣に居るのに、俺が見えていないかのような名前は、どこまで手を伸ばしても届きそうな気がしない
まるで間に見えない壁でもあるようだ

その壁は名前が築いたものなのか、それとも俺なのか





「狡噛さん、」


震えた声色が突如俺に向けられて、自然と神経を持って行かれる


「....潜在犯になった事、後悔していますか」



その質問から名前が何を期待しているのか分からなかった
だが、これが正解だと信じて、



「あの時、皆んなが俺を止めようとした。ギノには何度も怒鳴られたし殴られそうになった事もあった。それでも俺は自分の意思でこうなってしまった。後悔してるなんて、言えないだろ」

「....つまり、これで良かったと思ってるんですか?」

「あぁ、俺は必ずあの事件の黒幕を暴く」

「....もしあの時、私が狡噛さんを止めようとしても同じ結果でしたか?」



そう今日初めて俺の目を真っ直ぐに見る澄んだ瞳は、何を表しているのか読み取れない

前はいろいろな事に気付いてやれたのに

恋は盲目とはよく言ったものだ
恋をする資格すら無い俺には似合わないが



「名前、自分を責めるな」

「そういう事じゃありません!私の言葉は、狡噛さんにとって意味を成しますか?」

「....あの時の俺は佐々山の死に影響されて、それしか見えなくなっていた。誰が何と言おうと俺はその道を進んでいた。本当に申し訳ないと思ってる。だから名前、お前は何も...」

「もういいです!」



徐々に潤いを増す瞳と、力強く吐き出された言葉に俺は怯んでしまった

また何か間違えてしまったのか
俺はただ、こうなったのは名前のせいじゃないと....




「秀くんには、美味しかったって伝えてください」

「あ、おい!待て!名前、俺は...」

「やめてください!伸兄を呼びますよ!」


掴んだ手首は冷たくて、それが名前の俺に対する気持ちのようだった
ようやく触れられたのに、触れてしまったと言う方が正しい
俺の弱点を持ち出した名前を、俺は恨むことも出来ない



「....すまない」

「....失礼します」











名前はまたギノの元に帰るのだろうか

俺を見てくれる事はもう無いのだろうか

あの二人の幸せを願えない俺はやはり潜在犯なのだろうか




「....くそっ」




一度自ら失ったものを、また欲するなど無責任だ





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