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「どうしちゃったのよ、慎也くん」

「俺が聞きたいな」

「ちょっと、タバコまで始めちゃったの?」


私の仲間入りねと笑う志恩は、相変わらず察しがいい


「縢の件はあんたもグルだろ」

「あら、バレちゃった?」

「名前も巻き込んで何がしたいんだ」

「見てるこっちがもどかしいのよ」

「余計なお世話だ」


よくこんな暗室の中モニターを見続けて疲れないなとは思う
そんな分析室も、監視官の頃とは違った景色に見える


「別に、執行官が一般人と付き合っちゃいけない法律なんて無いわよ。まぁ、普通は監視官以外と出会う事も無いからそういう規定が無いんだろうけど」

「そもそも何であんたらが知ってるんだ」

「慎也くんが名前ちゃんに手を出したがってる事?」

「語弊があるぞ」

「要はそういう事でしょ」

「極論過ぎる」

「まぁいいじゃない。それで?仲直りした?」

「逆だ、悪化した」

「....だと思ったわ」


あれ以来俺は完璧なまでもに避けられている
縢が俺の名を出しただけで、顔色を悪くしたらしい
そのため名前の前で俺の話は暗黙下のタブーとなっている


「お陰でギノに尋問された。何があったってな」

「まさか言っちゃってないでしょうね?」

「俺に直接聞いてきたんだ。名前が言わなかったって事だろ。あいつがそういうつもりなら、俺もそれに従う」

「相変わらずな優男ね。でも本当、何があったのよ。どうしたら余計嫌われちゃうわけ?」

「だから言っただろ、俺が聞きたい」

「もう....」


志恩の深い溜息が俺にまで移る
俺だってこうなりたかったわけじゃない
何が悪かったのか全く思い当たらない

縢の部屋で見た名前の泣きそうな顔に胸が締め付けられそうになる


「気遣うのもいいけど、もうガッツリ言っちゃった方がいいんじゃない?」

「無理言うな、嫌われてるんだ」

「そんな事無いわよ、この分析の女神様が保証するわ」

「....何か知ってるのか?」

「知らないのはあなただけよ」

「....教えてはくれないんだな」

「それじゃ面白くないじゃない。でも、一つ言えるのはこのままだと本当にあのメガネに取られちゃうわよ」

「取られるも何も、元からだろ」

「身体はそうでも心はまだよ」







....今何て言った
何事も無かったかのようにネイルを塗り続ける様子に思考が止まる





「.....ちょっと、やだ、それも気付いてなかったわけ!?」

「....ギノはそんな事一言も....」

「言うわけないじゃない!だいたいあの子だっていい大人なのよ?男女一つ屋根の下、当たり前でしょうよ」

「.....」





考えた事すら無かった
ギノに限ってそれは無いだろうと勝手に思い込んでいた

....そうだ、そうじゃないか
前に“名前に手を出すな”と忠告して来たのはそういう事か
ギノにはその気は無いように見えたのに



そんな俺の自問自答も、次の言葉に砕かれた


「でも勘違いしないでよ、慎也くんが施設送りになった後の話だから」

「....そろそろオフィスに戻る」

「ちょっと慎也くん、私あなたは知ってると思って....」



それに何と返したらいいのか分からず俺はそのまま分析室を出た






自分の足音だけが響く廊下
見た事もない姿を想像してしまいそうになる




なんで、
なんでギノなんだ







































































ドンッ

壁に強くぶつかる音に、目の前の男は顔色一つ変えない



「執行官が監視官に掴みかかるとは、どういう事だ」



元は同僚だというのに、上司と部下という絶対的な階級差
俺より僅かに高い背がそれを象徴している様だった
それを前に、スーツの襟を掴む手に力が入る


「離せ、シワになる」

「お前....あいつに....」

「だったら何だ、お前に関係あるのか」



その言葉に拳を力任せに壁に打ち付ける

俺には物を言う資格も無いのか



「そもそも、俺が強制した訳でもなければ、あいつが望んだ事だ。それでも文句があるなら受け付けよう」




名前が、望んだ....

ギノの飄々とした態度が俺をさらに追い込んだ
如何なる希望も打ち砕かれた気がした
希望など持っていい立場ではないのは分かっていたが、結局抑えることなんて出来ないでいた


「まだ言いたい事はあるか」


打ちひしがれる俺とは裏腹に、冷静に着衣を整えるギノに、上司以上に果てしない距離を感じた



「5分以内に業務に戻れ。私情を仕事に持ち込むな」







佐々山、お前だったらこんな俺を見て笑うだろうか

....情けないな





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