▼ 36

電車に揺られると、徐々に疲れが眠気に変わる


秀くんの部屋での一件以来、刑事課オフィスを避けている
伸兄と時間が合えばオフィスまで行くけど、そうじゃなければ出来るだけこうして自分で帰るようにしている。
最初は心配だとか言われたけど、狡噛さんに会いたくないと言ったら少し考えて了承してくれた。

あの時の狡噛さんの言葉で、しっかりと“どうも思われていない”事を痛覚した
覚悟はしていたものの、少しくらい特別に思ってくれていたらと考えてしまったのが悪かった
また無駄に希望を持ってしまわないように、関わりたくない

とは言えメリットもあった
ずっと心のどこかで、あの時私も何かしていれば狡噛さんを止められたかもしれないという自責の念があった
それが完全に吹っ飛んだ


あくびをしながら窓の外を見る

ネオンが目まぐるしい東京は相変わらず変わらない
私の身の回りはこれ以上無いほど変わってしまったのに

....やめやめ
こんな事考えてたら色相濁っちゃう

私はカバンからメンタルケアサプリを取り出して一粒口に放り込んだ
ミントの香りが清々しくて、高校を卒業した日を思い出す

桜のホロとは相対的な紺のレイドジャケットが眩しかった
写真を撮ってくれた佐々山さん...

私はもう一粒奥歯で噛み砕いた

































「....あっ」

マンションの前まで辿り着くと、見覚えのある顔に立ち止まる

「お帰り、名前ちゃん。話すのは初めてよね?」

「は、はい...えっと、伸兄の同期の...」

「そう、青柳よ」


差し伸べられた手を握る
見た目からも分かる大人な女性
....確かに狡噛さんと釣り合いそう
伸兄も真面目なタイプだし、こういう大人っぽいのに惹かれてるのかな
前に、“狡噛さんの代わりにしてない”って言ったけど、私こそ伸兄には、代わりにされてるのかもしれない

不謹慎だけど、狡噛さんが潜在犯になってしまった今伸兄にとってはチャンスなのでは?


「...この辺りで事件ですか?」

「ううん、あなたのお兄ちゃんに頼まれてね。刑事課一係は緊急の出張捜査に出たの。」

「は、はぁ...」

「その間、時間がある時で良いからって名前ちゃんのお世話をしてくれって。全く心配性ね、私から見てもしっかりしてそうなのに」


その言葉にサイレントモードにしていた端末を開くと、不在着信が3件とメッセージが1件
メッセージの方は、今青柳さんが言った内容ほぼそのままだった



「そういう訳で、嫌じゃければ、部屋上がってもいいかしら?」




















「随分良いとこに住んでるのね!さすが監視官」

「青柳さんも監視官じゃないですか」

「じゃあ今度私の家にも来てみる?」

「....機会があれば....」


どうしても青柳さんには敵意が生まれてしまう
私がなれなかった監視官
私が思いを寄せる狡噛さんの好きな人



「あ、犬は平気ですか?」

「ダイムでしょ!写真で見た事あるわよ」


家に私以外の女性がいるなんて変な感じだ




















「伸兄は家事全般こなしますよ!」

「今時ほぼ器械でしょ」


オートサーバーで準備した夕食を青柳さんとともにリビングで食べる



「まぁそうですけど...学生の頃から文武両道で優秀だったんです!」

「それは同期の私も保証するわ」


身体を重ねてしまっている罪滅ぼしにでもなるならと、伸兄の恋を応援してみる
でもなかなか良いネタが見つからず憤慨する


「えぇっと、色相も綺麗で....」

「うん、監視官だもの」

「背も高くて...」

「私も結構高いわよ」

「あと以外と優しいですよ!」

「それは名前ちゃんにだけね」



伸兄って、好きな人には逆に嫌がらせしたくなる系の人?



「さっきからもしかして、私にお兄ちゃん売り込んで来てる?」

「....あ、いや....やっぱり伸兄は青柳のタイプじゃないですか...?」

「それもあるけど、当の本人が私に気が無いんだから無理よ」

「....え!?」

「な、なんでそんなに驚いてるのよ」


驚きすぎてスプーンを落としてしまい、それをダイムが嗅ぎに来たのが視界の端で見えた



「私....ずっと伸兄は青柳さんが好きなんだと....」


そう困惑する私に、青柳さんは涙が出そうになっている


「ちょっと、そんなに笑わないでください!恥ずかしいです...」

「はぁ...ごめんごめん、これは報告しなきゃね」

「え!やめてください!怒られちゃいます!」


デバイスを操作しようとする青柳さんに仰天して急いで止めようと席を立つ


「嘘よ嘘!まさか名前ちゃんがそんな事思ってたなんてね....でもお兄ちゃんを手伝いたかったんでしょ?」

「ま、まぁ...」


....罪滅ぼしだなんて思った自分が馬鹿みたいだ
じゃあ私の要求に応えてくれているのは、単純に私のため....?





[ Back to contents ]