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エレベーターの中、41Fのボタンに添える指が震える

毎日の様に押していたものも、もうしばらく疎遠になっていた


「ふぅ....大丈夫」



また無視とか、冷たくされたらどうしようと思うと怖かった
でも、元に戻りたいと願う私が前と変わってちゃ意味が無い

左手には一係の人数分買ったケーキの箱













意を決してたどり着いたオフィスは明かりもついていなかった


「あら、名前ちゃん?久しぶりね?」

「あ、唐之社さん、お久しぶりです」


ケーキが崩れない様に気を付けて会釈をする


「一係の皆なら、あと20分くらいで戻って来るわよ。さっき新潟を出たところ」

「そうですか...もう1週間くらい行ってますよね?何か大きな事件ですか?」

「まぁちょっと難しい事件ね。宜野座監視官は相当ストレス溜まってるみたいよ」

「え!色相大丈夫ですか!?」

「監視官様だもの、そう簡単には濁らないわ」

「....良かった」

「それ、本人に言ってあげたら私達も助かるんだけど」

「えぇっと....」

「あら!それもしかして行列が絶えないで噂のお店のケーキ!?」


左手に持つ箱を指差さす唐之社さんは、これ以上無い程目が輝いていた


「あ、はい。洋菓子屋ナタリーのショートケーキです。....良かったら唐之社さんも一ついかがですか?」


申し訳ない事に分析官である唐之社さんの事は忘れてしまい、5個しか買っていない
.....伸兄は今度でいいか















休憩室で紅茶をそれぞれ買って戻って来た

二人きりの一係オフィスで、狡噛さんが監視官の時に使っていたデスクにケーキを広げる

そのイスに座れば、監視官という夢が叶った様な気がした

「うん!美味しい!さすが有名なだけあるわね!名前ちゃんは食べないの?」

「数が無いので私は大丈夫です」

「一口食べる?」

「え、でも...」

「いいから、はい、あーん」


目前に差し出される甘い香りを拒否するわけにもいかず、仕方なくかぶりつく



「私が作った訳じゃないけど、どう?」


まだ口に入っていたから首を縦に数回振って見せる

それと同時にオフィスの外から聞き覚えのある怒号が響いて来た



「なぜ犯人を見つけられない!もう1週間だぞ!」

「ギノさん、落ち着きなよ!俺達だって出来ることは全部してるでしょ」

「仕方ないさ、街全体が巨大な廃棄区画だ。土地勘も無い俺らじゃ無理もない」



オフィスに入って来るお馴染みの面々の中に、心臓を高鳴らせる顔と目が合う

狡噛さん....監視官の頃とは違ってやや着崩したスーツ



「皆さん、お疲れ様です」

「お!名前ちゃん!久しぶり!」

「名前...何故ここにいる」

「伸兄には、ごめん....無いんだけど、ケーキを買って来ました!是非皆さんで食べて下さい!」


私の言葉に慌てて口元を押さえる唐之社さん


「やだ!私監視官様の分食べちゃった!?」

「大丈夫ですよ、伸兄には後からまた

「犬である俺らが飼い主の食事を奪うわけには行かない、そうだろ監視官」

「....」



メインの目的と言ってもいい狡噛さんに拒否されると息が詰まった
それに皮肉のこもった機嫌の悪そうな声色


「こ、狡噛さん...あの、私」


頑張って振り絞った言葉に返されたのは、突き刺さる様な冷たい視線だった

....やっぱりダメだ



「おい、伸元落ち着け。コウもいい加減にしないか。名前の前でする事じゃないだろ」

「関係無い者は黙っていろ」


なぜここで伸兄が出て来るのか分からなくてそちらを見ると、狡噛さんと睨み合っていた

ケーキ一つでなぜここまで険悪な空気になっているのか全く状況が飲み込めない


そう茫然とする私に唐之社さんが耳打ちをする



「ここ最近、あの二人ずっとあんな感じなのよ。事あるごとに慎也君が毒付いててね」



二人が喧嘩したところなど見た事がない
狡噛さんが伸兄を多少イジったりする事はあっても、本気の事なんて今までなかったはず

それに構わずケーキを頬張る六合塚さんはすごいと思う



「名前も、今更俺に構うのか?」

「....え」

「狡噛!」

「そんなに俺を、」

「っ!」


途端に手首を強く掴まれると、迫る恐怖をただ見つめた


「俺を弄びたいのか」

「狡噛貴様!」

「ちょっとギノさん!」



何が起きているのか分からなかった
怒りにも似た目をする狡噛さん

どうして
せっかくちゃんと向き合おうと思ったのに



「正気か狡噛!」

「ギノさんってば!コウちゃんももうやめなよ!」

「はいはい!そこまで!名前ちゃん、ちょっと出ましょう。私が良いって言うまで誰も分析室に来ちゃダメよ」





全身の震えが止まらない私を、唐之社さんは強引に連れ出した





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