▼ 05

「はぁ...疲れた.....」


仕事が終わったからじゃない
これから起こる事を午後ずっと考えていたからだ


エレベーターに乗って刑事課がある階のボタンを押す


どうしよう...とどうにもならない事を再び考えそうになったところで扉が開く


「速いよエレベーター!もうちょっとゆっくりでよかったのに」


全く意味のない八つ当たりをした途端、今のが監視カメラに録画されていたと思うと恥ずかしくなって背筋を正した

もう定時を回ったのにもかかわらず刑事課フロアはまだまだ明るい
いつ事件が起きるか分からないからね











「し、失礼します....」

部屋の中は無機質で尚散らかっていて、でもデスクごとにそれぞれの特徴があった

「おお!名前じゃないか!」

「お父さん!」



執行官に降格してからは全くと言っていいほど会えなかった



「少し老けた?」

「若者には敵わんよ。名前もずいぶんと大人になったな....伸元とは上手くやってるか?」

「あっ....」

「今からそいつの事情聴取をするところだ。征陸執行官は宿舎に帰れ」

「ちょっと伸兄!そんな

「いいんだよ。助けてやれなくてすまんな。伸元に変なことでもされたらいつでも部屋に来な。これからはここで働くんだろ?」

「うん...刑事課じゃないけど...」

「同じ建物に毎日いるんだ、またすぐ会えるさ」

「お父さん....」

「征陸執行官!早く帰れ!」




伸兄が潜在犯落ちしたお父さんを憎む気持ちは分かる
でも、それでも伸兄にとっては唯一の血縁者で家族なのに...


廊下へと消えていくお父さんの背中を何も言えずに見つめる


それと入れ替わりに狡噛さんが入ってきたのを必然的に見てしまい一気に現実に引き戻される


あぁそうだ今から怒られるんだった





そう緊張するな、と通りすがりに私の背中を叩いた狡噛さんは私の目の前のイスに腰をかけた


「座れ」

そう言った伸兄の視線を追って、近くにあったイスを引いて遠慮がちに座る

狡噛さんの隣に座った伸兄
これじゃ逆三者面談みたいだ



刑事課のオフィスに3人だけ

スーツをきっちり着込んだ大人の男二人に変にドキドキする

























.....ってなんでなにも言わないの

沈黙が続くこの空気に耐えられなくて


「...だ、黙っててごめん!」


と投げやりに言って見せた
それに反応したのは伸兄だった


「...どうして言わなかった」

「.....それは....二人を驚かせたかったから」

「それは成功したな、食堂で会った時は本当に驚いた」

「狡噛」

「事実なんだから、別にいいだろ」


そう言いながら急に立ち上がったと思ったら、狡噛さんは徐にスーツのジャケットを脱ぎ、それは今私の肩に掛けられている


「すまない、ここは暑がりな奴が多いんだ」


まだ夏じゃないのに、効きすぎている空調が寒いと感じていたのを気づいてくれた
そんなところが、また私の心をいたずらにくすぐる

「.....ありがとうございます」

ほのかに体温が篭ったジャケットがとても心地いい




「なぜ知らないフリをした」

軽く咳払いをしてから伸兄が話を戻した

「....知らないのかもしれないけど、伸兄達、刑事課監視官は女の子の格好の的なんだよ。」

「なっ!」

「あの場にいた子達も例外じゃない。二人と知り合いなんて知られたら、私の立場なくなっちゃうよ」

「こ、狡噛はそれに気づいて名前に乗ったのか!?」

「俺は明らかに動揺して必死に嘘をついている名前には、何か理由があると思っただけだ」

急に慌てふためく伸兄が新鮮だ
異性に好かれているかもしれないという事に、慣れていないんだろう


「....別に伸兄がモテてるとは言ってないけど?」


急に耳が真っ赤になったのが意外過ぎて吹き出しそうになった
いつも冷静で冷徹な伸兄にこんな一面があるとは


「じゃ、じゃあ狡噛が人気だというのか!」


....大分話が逸れてきた


「俺は違うだろ!和久さんとかじゃないのか?」


「その和久さんが誰だか分かりませんけど、狡噛さんはとっても素敵ですよ!高校では皆の憧れの的だったって知りませんでした?」

私もその一人
最初は学年1位の狡噛慎也先輩って名前だけ知ってて、漠然と憧れてた
本人と出会ってからは、その気持ちは高まり続けるだけだった
伸兄には制止されてるものの、特に関わるなとも言われないし今もこうして想いを温め続けてる


「....1番親しくしてる異性に言われると恥ずかしいな」


....そんな事を言ってしまうのもまた罪だ


「....まっ、まぁ伸兄も落ち込まないで。側から見たら伸兄もカッコいいよ。私はずっと一緒にいるから性格に難ありって知ってるけど....」

「お、俺はお前のことが心配で!」

「分かってるよ、だから感謝してるし大好きだよ」

「だから言っただろギノ。名前はちゃんと分かってくれてるって。たまには信じてやれ」




大好きな自慢の兄というのは事実だし、それを聞いて真っ赤になってる伸兄も私への事情聴取どころじゃないらしい



























まだ仕事が残っているという伸兄を置いて、狡噛さんが家まで送ってくれる事になった


車窓から見えた夜の街はネオンが鮮やかだけど、慌ただしい1日にさすがに眠気が襲ってきて、狡噛さんの静かな運転がさらにそれに拍車をかけた






好き

いつそれを狡噛さんに言えるかな

借りていたジャケットを今度は前から身体に掛けて、少しだけと目蓋を閉じる





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