▼ 06
「それにしてもまさか公安局に就職とは...人事課だと」
「あぁ本当に驚いたよな。でもギノは少しは安心したんじゃないのか?」
「毎日それなりに目の届く範囲内にいるという点ではな。....逆に見え過ぎて落ち着かん。」
あの騒動から、刑事課以外の公共エリア面前で関わりを持つ事は無いがこの公安局ビルで名前の姿を毎日の様に見かける日々
ギノが同じ時間に上がればギノと、俺が早く上がれば帰りは送ってあげている
....問題はギノがより一層過保護になっている事だ
ある日
『狡噛さん!お疲れ様です!今日はもう上がりですか?』
『もう人事課の定時か。残念ながら俺は今日は午後か
『名前!』
『わっ!何!』
いきなり怒鳴り声で割り込んで来たギノに、何事かと構える
『スカートが短い!膝が見えているとはどういう事だ!』
『えぇ!膝が見えてくるくらい普通じゃない?そもそも伸兄がオーダーしたやつで、私はそれを普通に着てるだけなんだけど』
『....ダメと言ったらダメだ!明日からパンツスタイルにして来い』
『おいおいギノ!着崩している訳でもないし、それくらい好きにさせてやったらどうだ』
『狡噛には関係無い!』
そう言うギノにも関係は無いと思ったが、ここまで来たらお手上げだとため息をつく
それで名前が、ギノの言う事を聞いていたなら良かったものの、さすがに理不尽だと思ったのだろう
次の日の朝、出勤早々機嫌の悪い監視官の登場で、前日の現場を目撃していた者は皆察した
次は今から2日前
佐々山と昼休憩に出たギノは、ものすごい形相で戻って来た
『ど、どうした』
『食堂で名前ちゃん見かけたんだけどさ、ギノ先生ったらもうヤバ過ぎでしょ』
『....佐々山が名前に触ったのか?』
『触る隙があったらそうしてたよ』
直接ギノに聞くのはなぜか出来なかったが、夕方定時上がりの名前の登場でそれが明らかになった
『あ!佐々山さん!今日食堂で見かけまし
『名前!あいつは誰だ!』
『こ、今度は何?』
肩を竦める佐々山は同時にため息もついた
『今日食堂で男と二人で食べていただろ!』
俺は自分の額に手を添えた
『えっ、同僚の人!仕事の事で話したいことがあるって誘われただけだよ!まぁ明日も一緒に食べることになったけど』
『明日もだと!』
....確かに俺もそこは気になったがそんな問題にするほどの事でも無いだろ
名前だってもう立派な大人だ
『男は皆佐々山みたいに獰猛なんだ!何かあってお前は自分の身を守れるのか!』
『俺を巻き込むなよ....』
『ご飯一緒に食べるだけじゃん!しかもこんな公安局ビルの公共の食堂で何をされるって言うの!』
....と結局何も解決せず名前は一人で帰ってしまった
『.....ギノも少し落ち着け。まだ相手に気があると決まった訳でも無ければ、もしかしたらシビュラの適正判定が出るヤツなのかもしれないぞ』
『....お前は名前の何を分かっている』
『何って、しっかりした良い子じゃないか。勘違いするなよ、俺だってあいつの事どうでも良い訳じゃない。ただもう少し加減って物があるだろ』
ギノが納得していないのはその表情から明らかだった
それから2日、やっと冷静になってきたギノと休憩室でコーヒーを飲んでいた
「見え過ぎて落ち着かないのはお前が気にし過ぎているからだ。あいつにはあいつの考えがある。本当に困った時は自然と相談しにきてくれるさ。」
「....狡噛、お前は名前の事をどう思っている」
「どうって...俺がお前と名前に出会ってからもう2年以上か...あいつが俺に頼って心を開いてくれているのは分かるし、一人の男としても監視官としても、守ってやりたいと思ってるよ。ギノ程過激にではないがな」
「.....お前だけはあいつに手を出すな」
「....なんだよ急に」
思いもしなかった忠告に少し戸惑う
「そのままの意味だ。約束できるのか出来ないのか」
「お前がそんなに過保護じゃ誰も手は出せないだろ」
空になったコーヒーの容器を捨てて職務に戻る
俺は別にあいつに手を出したいとか、その逆に誰とでも一緒になれとは思っていない。
あいつに相応しい男が見つかればそれでいい
それはギノも同じだろう
「狡噛さん聞いてくださいよー」
隣の助手席で落胆したように言う名前を数秒の一定の間隔で街灯が照らす
「どうした」
「今日書類書いてたら、保存するの忘れて画面消しちゃって全部消えちゃったんです。しかも提出期限の2時間前にですよ!」
「それは災難だったな、間に合ったのか?」
「同僚の方にお願いして手伝ってもらいました。それでなんとか間に合いましたけど....もうすごい焦ったんですよ!次からは毎回保存したか確認するように肝に銘じました」
その‘同僚の方’が以前昼を共にしたと言う男性なのか妙に気になって自動運転に切り替えるか迷った
「...くそ、ギノがあんな事言うから...」
「ん?伸兄ですか?」
声に出ていたのに驚いて、危うくハンドル操作にミスをするところだった
「あいや....なんでもない。でも間に合って良かったじゃないか」
「本当ですよー、まだ入局して間も無いのに期限守れないとなったら....考えただけで恐ろしいです」
「上司は厳しい人なのか?」
「うーん、厳しそうって言うのが正解だと思います。でも一部の女子からは人気な人ですよ。寡黙でクールなのがカッコいいって。」
結局自動運転に切り替えてハンドルから手を離す
「....名前は、どんな男が好きなんだ」
「....えっ、きっ急に何ですか...?」
「いや、お前からあまり男の話を聞いた事が無いと思ってな。年頃なんだから恋くらいするだろ」
「.....女の子にそう言う事聞いちゃダメですよ」
もしかしたら、さらっと誰も興味ないとか言うかと思っていた故にこの反応は心外だった
言いづらいってことは誰か心に秘めた人がいるのだろうか
そういう影が無かっただけで勝手に誰もいないと決め付けていたために、妙に裏切られた気分だ
「すまない、いくら親しいとはいえ配慮するべきだった。....ダイムは元気か?」
「良かったら会って行きますか?きっと喜びますよ!」
やらかした気がして険悪な空気にならないか心配だったが、いつも通りの様子にそれは不要だったと安堵する