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「今日も一日お疲れ様でした」
退勤時間を告げるアナウンスに私はエレベーターへと駆けた
「お、名前上行くの?」
「うん!」
「なんか急に元気になったね、良い事あったの?」
「良い事を起こすの!」
もう負けない
「...そ、そっか。よく分かんないけど頑張って!たまには私達とも付き合いなさいよ?」
「ご、ごめん...今度ね!」
開いたドアに乗り込んで41Fを目指す
40階近く上昇するエレベーターは、乗るたびに速度が違う気がする
....きっと私の気分の違い
そんな今日は一段と遅く感じた
エレベーターのドアが開くと目の前に見慣れた赤いネクタイ
「お、名前ちゃん!コウちゃんをお探し?」
私が降りようとするのを止めながら入ってきた秀くんは、48Fと50Fのボタンを押した
「あのガミガミメガネには悪いけど、俺は名前ちゃんの味方だからね」
「ふふ、ありがと」
「あいつ家ではどんな感じなの?」
「どんなって、普通だよ。....でも新潟の一件以来ちょっと疲れてるっぽいかも」
前以上に自身と私の色相を気にしている
そのくせに自分のサイコパスを教えてくれないから、心配になって寝ている間にこっそりチェックした
もはや家族以上の存在である伸兄に何かあっては、私は本当にどうしたら良いのか分からなくなってしまうだろう
結果、監視官らしいクリアな数字は、約5ポイントの上昇をしていた
悪化したとは言えどまだまだ程遠い数値な上に、本人が誰よりもメンタルケアに気を使う性格だから大丈夫だろうと特に触れないでいた
「やっぱり?最近益々俺達執行官にキツいんだよ。俺たちだって潜在犯に成りたくて成ったわけじゃねぇっつーの」
「....まぁ、伸兄は監視官としての役目以前に、潜在犯と良い思い出が無い人だからね」
「名前ちゃんが飼い主の方が俺はもっと頑張れた気がするよ。はい、着いたよ」
48F、トレーニングルームって事かな
「秀くんはもう上がり?」
「そう、宿舎に戻るところ」
ドアが閉まる前に、じゃあねと手を振る
静かにトレーニングルームに入ると、響き渡る肉のぶつかる音と苦しそうに漏れる声
汗を垂らしながら格闘する目には、はっきりと憎しみが込められていた
基本的にはドミネーターに言いなりなって、狙いを定めつつ引き金を引くだけの役目
それでもここまで鍛え上げるのは何のためなのか
伸兄だって人並み以上に鍛えているはずなのに、狡噛さんとは比べられない
成績も1位と2位だった二人
強いて言えば、伸兄の方が射撃の腕が少し上なくらいだ
突如静かになった室内で目が合うもすぐに逸らされる
「狡噛さん、あの、これ」
ここの来る直前に準備した水とタオルを差し出す
「俺よりもギノを労ったらどうなんだ」
受け取りもせずに私の横を通り抜けていく背中に、無理矢理タオルを掛けると、キッと睨む目つきに怖気付きそうになる
「そんな伸兄を守る立ち位置にある狡噛さんも大切です」
「執行官の責務をよく分かっているな」
相変わらず刺々しい言葉
「私だって監視官に憧れてたんです。知識だけなら負けませんよ」
「...用が無いなら出て行け」
「私を追い出す権利有りますか?私も公安局の職員です。このトレーニングルームへの入室は私にも許可されています」
落ち着いている外面を保ちながら、内面はもう緊張で壊れてしまいそうだ
「....俺の邪魔がしたいのか?それに、潜在犯である俺とつるんでるとギノに怒られるぞ」
「私は
「俺がお前をどうする資格も無いのを分かっていてここにいるんだろ。それが何を意味するのか理解しているのか?そもそもお前はギノを選んだんだろ?あいつだけを見ていればいい」
「私はそんな
「もう俺に構うな!迷惑だ!」
声を荒げる狡噛さんにさすがに萎縮する
狡噛さんにこんな態度を取られた事が今まで無かった故に、驚きの余り涙が出そうになる
「....ついて来るな」
「ま、待って下さい!ちょっと、狡噛さん!私の話を....」
「ここから先は男性更衣室です。女性の立ち入りは禁止されています。ここから先は...」
機械的な声が私と狡噛さんを切り離した
狡噛さんは私の話を聞くつもりが全くない
...でもそれでまた諦めていたら進まない
狡噛さんが逃げるなら、私がとことん追いかける
そう決めたんだから
零れかけた涙をスーツの袖で拭ってエレベーターホールに向かった
伸兄の退勤時間まであと20分
....よし
絶対に諦めない
私は50Fのボタンを押した