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「言い訳みたいになるんだが、聞いてくれるか?」

「....はい」



少し怖い思いもあったが、狡噛さんの真意は知りたかった
ちょっとした怖いもの見たさのような気持ちだった



狡噛さんは手元の缶コーヒーに目線を落としながら、一息漏らして言葉を紡ぎ始めた






「....潜在犯になって、善良な市民である名前の近くにはいるべきじゃないと、勝手に名前の為だと思い込んでお前を避けた。だがいざ本当にお前に避けられた時辛くなって後悔した。ギノや縢とは楽しそうに話しているのを見てられなかった。」




....私が嫌いなんじゃなくて、私の為だった....?

私は必死に狡噛さんを忘れようとしていたのに、狡噛さんは私の事を気にしてくれていた事実に一気に罪悪感がのしかかる



「そんな時に志恩からお前とギノの事を聞いた。最初それはお前の不本意で、ギノに強制されたのかと思って自分でも驚くくらい気が動転した。あいつが許せなくなって感情任せにあいつを問いただしたんだ。そしたら名前が望んだ事だと...」

「き、気にしてたんですか...?」

「そうみたいだな。ギノにキツく当たってしまっていたのはただの自己嫌悪だ。....お前にも酷い事を言ったな」

「....いえ、私は大丈夫です...」

「昨日の事もそうだ。実際結局ちゃんとお前の事を考えてるのはギノだった。傷付けたくないとか言いながら、それが名前にとって辛かったとも知らずに、全部自分勝手だった」




私の方が謝りたいくらいなのに、どうしても言葉が出なかった

もう私は見捨てられてしまったのかもしれないとずっと嘆いていたのが一変、実は逆だったと聞かされて内心すごく嬉しい

申し訳ないと思いながら同時に喜びが満ちて行く心をどう扱えばいいのか分からない




狡噛さんが缶を捨てた音に不意打ちを付かれ顔を上げると、何やらポケットを探る様子



「その....大したものじゃないんだが、今までのお詫びに」

「え、私にですか?」



小さな箱を手渡され、指輪でも入っているのかと仰天しそうになった

蓋を開けてみると可愛らしいフラワーモチーフのヘアピンだった
狡噛さんが女性にプレゼントをするなんて見た事もなく、意外なセンスに心が弾んだ



「....何が好きか分からなかったから、名前に似合いそうな物をと思ったんだが」

「早速付けてみてもいいですか!」

「あ、あぁ」



狡噛さんから贈り物なんて嬉しくて嬉しくて



「でもどうして急に...?」

「昨日の事でやっと気付いたんだ、俺は間違っていたと。それにギノにはもう敵わないと思っていた。だがあの後、お前に言われた言葉を考えていた」

「私の言葉、ですか?」




昨日何かまずい事を言ったかな
....私何話したんだっけ

変な予感がして鼓動が騒ぐ




「名前にカッコいいと思われていたなんて、正直驚いたな」

「っ!ちょっと待って下さい!」


そうだ、私


「“俺への想いが膨れ上がっていきました”って、名前、お前そういう事だったのか?」

「違っ!あれは!その....言葉のあやで

「俺は好きだ」






「....え?」





その簡単な言葉を私はどうしても飲み込めない

....どういうこと?

これは夢?現実?
いや、空耳?






「名前、お前が好きなんだ」

「....ちょっと、さすがに冗談きついですよ!」

「冗談じゃない、俺は本気だ」





右手で左手の甲を抓ってみる
....ちゃんと痛い





「だから俺にもう一度チャンスをくれないか」

「そ、そんな...私は....」





突然の事に頭が真っ白だ

何が起きてるの




この空気に耐えられなくなって私はとにかく話題を変えたかった




「そ、それより!伸兄には謝りましたか?」

「...お前はわざとなのか?」

「...何がですか?」

「いや、いい。そうだな、あいつにもちゃんと謝ろう」

「....えっと、じゃあ私は仕事に戻りますね」





もうこの場に居られなくて

早く去りたかった


それなのに








「待て」






少し妙な形で手首を掴まれた




「あの、私仕事が...」

「本当に、言葉のあやなのか?」

「.....」



真剣な眼差しがどうしようもなく恥ずかしくて




「...脈が速くなっている」

「えっ...」

「今はこれで充分か。引き留めて悪かった」



“仕事頑張れよ”と休憩室に一人置いてかれて、私は両手で自分の頬を覆った





「....熱い」





自分でもう一缶リンゴジュースを買って頬に当てながら職場へ戻った





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