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「ちょっと名前どうしたの!」

「本当だ、クマすごいよ!」



せっかくの土曜日、同僚達と待ち合わせた渋谷のカフェ

キラキラした店内や他の客とは裏腹に、私の気分は最悪だ




「....昨日眠れなくて....」


申し訳なくて頭を下げながらそう答えた


「...何があったの、私達に話してみな」

「もしかして、昨日の帰り連行されてたのと関係ある?」

「あぁ!あれビックリしたよね!話に聞いていたとは言え、実際に名前と絡んでるのは初めて見たし。やっぱり美形だわぁ...羨ましいぞこのっ!」


軽く肩を突つかれれば嫌でも反応をせざるを得なかった



「あはは...」

「....苦笑いが過ぎるよ」

「....ご、ごめん」

「こっちこそからかい過ぎたね」



一人一つずつケーキと紅茶を注文して席に着く
私が選んだのはモンブランとロイヤルミルクティー
甘過ぎる組み合わせだったかな...







「それで、何で落ち込んでるの?」

「....いや、落ち込んでるわけじゃないんだけど....」

「じゃあ何?」

「....悩んでる、かな」

「何に?」


と言われても、“好きな人に告白されました”なんて言えるわけがない



「今はちょっと....言えない、かな」




でもそれだけだったらまだマシだった


まず初めの想定外が、狡噛さんが伸兄に話してしまった事。
伸兄が潜在犯に特別な感情があるのを知っているはずだし、話したら絶対反対される
だから私は伸兄に知られる前に、この週末落ち着いて考えようと思っていた。

そんな私の思惑は叶わず、早速案の定伸兄に捕まり猛反対を喰らった。
ただ一方的に私が片想いをしている間は良かったのかもしれない。
そんな相手から突然逆に告白され、しかも潜在犯。
いつも濁りやすい私の色相を気にかけていた伸兄なら、潜在犯と付き合うなんて、天地がひっくり返っても断固として反対して来ると思ったのに。


....思ったのに




急に見放された

これがもう一つの想定外。



あまりにも呆気なく諦めた伸兄に、私は混迷した

確かに自由に出来るというのは良い点ではあるけど、私はむしろ窮屈さに苛まれた







「お待たせいたしましたー」


一つ一つ並べられて行く宝石のようなケーキも、私の心を晴らしてはくれない



一口含めば、私の気分とは真逆な甘さになぜかため息が出た




必死に写真を撮ったり、“美味しいね!”と言い合ったりしている様子が目の前で繰り広げられているのに、なかなかその空気に入っていけない






そんな中、同じ職場の同僚が集まれば当然ではあるけど、今私達に押し掛かる仕事についての話題になった


「そう言えばさ、小学生が来るのって再来週からだよね?」

「そうだよ!もう楽しみすぎて今の仕事が全然苦じゃないよー」

「え、なんで楽しみなの?」

「あれ?聞いてない?」


一人くらい黙っていても会話は続くものなのだなと思った

でも確かにあの催し物に、私達職員が楽しみにするポイントなんて...




「昨日広報課に行った時、会議中の声が聞こえたんだけど、刑事課フロアを見学する時は、」


“刑事課”という言葉に、ティーカップを口につけたまま手が止まる


「同じ職員とは言えど潜在犯が居る場所だからって、各見学グループに監視官が一人付くらしいよ」

「えっ!それ本当!?」

「マジで!うわー、私もスタッフ申請すればよかった....」

「でも誰とペアになるかは当日のその時まで分からないみたいだよ。刑事課は緊急の案件が多かったりするから事前に決められない、とか。一応広報課と各課の担当職員、それから刑事課で合同会議をやるみたいだけど、それの日時調整を話し合ってた」






....確か公安局ビルの見学といえば、なんと言ってもメインは刑事課

私や伸兄が小学生の頃はまだ厚生省公安局が出来たばかりでそんなイベントなんて無かったから知らなかったけど、実はここ数年の恒例行事らしい

それを思うと、当時の‘征陸家’での混乱を思い出しそうになった


人事課含めた一般フロアや、食堂、トレーニングルームなどの設備の見学はもちろんあるものの、‘公安’とまるで関わりの無さそうな物に小学生はそこまで興味を持たない。
皆、お巡りさんに漠然と憧れを抱いて、刑事課フロアの見学を楽しみにする。

そのため、他は基本的に見て回るだけなのに対して、刑事課フロアでは刑事課のレイドジャケットとドミネーターが用意される。
もちろん撃つ事は出来ないものの触る事が出来る

というのは広報課からの資料で知ってたけど、まさか監視官と一緒なんて....
私にとっては授業参観のような気分だ

....出来れば青柳さんがいいな




「うっそ!やばいやばい!公的に一緒にいられるなんて、もう広報課大好き!」

「さっきまで散々、広報課許さんって愚痴ってたくせに」

「言ってませんー、覚えてませんー」

「あははっ!」


明らかな嘘を変顔を織り交ぜながら言う様子に思わず声が出た



「....良かった、名前やっと笑った」

「え?....あ、ごめん....」

「いちいち謝らないの!あんまり抱え込む過ぎないでよ?」



....ああ、そうだ

皮肉にもそれが私に、広報課がどうのよりも考えなきゃいけない事があったと思い出させた





狡噛さんが私を好いてくれている

こんなにも嬉しいのに





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