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「じゃまた明日!」

先日の合同会議のおかげか皆テンションが高めだ
その中で私は1人、モヤモヤしていた

別に悲しいわけでも落ち込んでるわけでもない
ただただ何となく気分が良くなかった



あれからというもの、伸兄は家にいる事が少なくなった。
どこに出掛けているのかは全く分からないけど、聞いても教えてくれない

でも普通に会話はしてくれるし、時間が合えば車も乗せてくれる
そういう意味では特に変わった様子もない



「お疲れ様です」

一係のオフィスは今まで通りだ
強いて言えば、私が今まで以上に狡噛さんを意識してしまっている
目が合うだけでいちいち恥ずかしい


「名前ちゃん!俺達これから食堂行くんだけど一緒に来る?」


そう狡噛さんの肩に手を掛けた秀くん
奥に座る伸兄に目を向けると、ただパソコンで作業をしていた


「狡噛さんが嫌じゃなければ....」

「俺が嫌がるわけないだろ」


ふっと笑った表情が私の胸をくすぐる

伸兄もまだ時間が掛かりそうだし、何より狡噛さんと居れる事が嬉しい













2人がそれぞれの食事を持って席に戻って来る
私はお腹が空いてなかったから何も買わなかった


「来週からだっけ?ガキ達が遊びに来るの」

「ガキ達じゃなくて小学生だ」

「一緒でしょそんなもん。俺にはそんな楽しそうな子供時代は無かったよ」

「え、どういう事?」

「俺は5歳の時から潜在犯。それからずっと施設暮らし。あそこはマジで行かない方がいい。な?コウちゃん」

「....まぁ、そうだな。」

「そ、そうなんだ...」


ここでは経験した事が無いのは私だけ
申し訳ない気持ちと、潜在犯落ちを甘く考えてはいけない自覚に、またどうしたら良いのか分からなくなる


「....心配するな名前。お前を濁らせたりしないさ」

「ちょっとー、人前でイチャつかないでくれる?名前ちゃんもすぐ顔赤くしない!」

「しゅ、秀くん!」


あの告白から、狡噛さんの一挙一動に心臓がもたない自分が居る
私が大好きだった優しくてカッコいい狡噛さんが、それを今私に向けてくれているのだから






















「それで?何でコウちゃんにまだオッケー出さないわけ?」

狡噛さんはお手洗いに行ってしまい、秀くんと2人だ
それを狙っていたかのように話題を持ち出される

「明らかにコウちゃんの事好きじゃん。何を迷ってんの?」

「....ちょっと、ね....」

「もしかしてギノさんに何か言われた?」

「いや、最初は反対されたんだけど、すぐ“好きにしろ”って」

「あれ?そうなの?じゃあお言葉に甘えちゃえばいいじゃん」

「そんな簡単に決められないよ」


幼い頃から潜在犯の秀くんに、「潜在犯になっちゃったらどうしよう」なんて言えない


「なんでさ!お互い好きで、しかも一方はもう告白までした!あとは名前ちゃんの一言でオールハッピーじゃん!何考えてんのか俺には分かんないけどさ、今この社会でシビュラの適正無しに出会って両思いなんて、本当に奇跡的だと思うよ?」

「.....あ、ありがとう....」


秀くんの言葉はご最もだった
....でも慎重になりたい
後悔したくない
私は間違っているのだろうか

































食堂から出て秀くんはそのまま宿舎に戻った
私は伸兄と帰るために刑事課に戻ると言うと、狡噛さんが一緒に行くと言ってくれた


50階で秀くんがエレベーターを降りると、個室に2人きり
41階までの9階分なんて一瞬なのに、1階まで降りたんじゃないかと思うくらい長かった
何か言いたそうだったけど、結局その口が開かれる事はなかった



ドアが開いて廊下へ出ると違和感を感じた

「暗いな」

電気は所々ついているものの、‘思っていたより’暗い




「....あれ?」

案の定一係オフィスの明かりは消えていた
誰かいる気配もない

「ギノから何か来てないのか?」

「あっ...」


またサイレントモードを切るのを忘れていた
そして実際に確認してみると1件だけ来ていた

“先に帰る”

送られてきたのは約15分前



「先に帰るって、あいつ....」

そう私のデバイスを覗き込んで来た狡噛さんは、少し声のトーンが低かった

「...仕方ないですね、自分で帰ります」



オフィス内に置きっ放しにしていた荷物を取って、再びエレベーターホールに戻る

「....名前、」


開いた扉に乗り込む


「はい」

「...大丈夫か」

「....何がですか?」

「あまり、無理をするなよ」





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