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退勤後、41Fに着くと刑事課に残っていたのは三係だけで、どうせ帰っても伸兄が居ないのならと少し寄り道をする事にした
部屋のチャイムを押して少しするとすぐ扉が開いた
「名前?」
その声に、身内だからと安心していた姿勢を急いで正す
「え、こ、狡噛さん?!」
部屋を間違えたのかと一歩後退ろうとすると、私の疑問を察したのか「とっつぁんならすぐ戻って来る」と部屋に入る様に促された
「水でいいか?」
「あっはい、お構い無く」
向かいに腰を下ろした狡噛さんは、私の目の前にグラスを置いた
「付けてくれてるんだな」
「結構...気に入ってます、本当にありがとうございます。今度何かお返ししますね」
「それじゃお詫びにならないだろ」
そう優しく笑う狡噛さんに、夢でも見てるみたいだ
お互いのすれ違いでもう修復が効かないと思われた関係
「....その、急かしてるわけじゃないんだが考えてくれたか?」
「え、あ、えぇっと...」
穴があったら潜りたいとはこういう事だ
未だに狡噛さんからの好意が信じられないのに、どうするかを迫られているのは私なのだ
「....すみません、もう少し考えさせて下さい...」
私弱いな
すぐそこにある欲していた幸せを手に入れるのが怖い
「それは...ギノを考えての事か?」
「いや....まぁ....」
そう曖昧に答えると、部屋の中を覆う静寂
「....名前、あいつと何があった」
「....特に何も、無いです」
本当に何も無い
日付が変わっても帰って来ない事がほとんどで、私も気にせず寝てしまっている
朝はちゃんと居て、適当に仕事はどうだとか聞いて来る。
別に冷たくされてるわけでもなんでも無いけど、こんなにも干渉して来ない生活に、どんな感情を抱いたらいいのか分からなかった
何より気になるのは、毎日どこに行っているのか
「....そうか、ならいいんだが....」
「お、名前じゃないか!」
「お父さん!」
突然の声にソファから立ち上がる
「この間は仕事してる姿が見られて良かったよ、もう立派な大人だな」
「そんな事ないよ、私なんてまだまだだよ」
「じゃあ、俺はもう帰る。父娘水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないしな」
「こ、狡噛さん...」
「ゆっくり考えてくれていい。俺はいくらでも待ってる」
そう私の頭を撫でて部屋から出て行く姿に心が揺らいでしまう
「そんなに好きなら受け入れればいいじゃないか」
「お、お父さん!」
「ハハハ、冗談だよ!何か事情があるんだろ?」
「うん...」
「伸元か」
「うーん...そう言うわけでもないんだけど」
「そうでもあるんだろ?」
「時々ね....まだ狡噛さんが監視官だった時に、私が勇気を出して想いを伝えてれば良かったのかなって思うの。そしたら狡噛さんももしかしたら止められてたかもしれない。それに、伸兄ももっと簡単に受け入れてくれてたかもしれない。相手が監視官なら色相の心配は無いし...」
「それはどうだろうな」
「え?...あ、あとシビュラの適性が無いとだね。そう言えば今までそれを理由に反対されてたっけ...」
そう言うと声に出して笑うお父さんに困惑する
そんな笑う様な事言ったつもりは無いんだけど...
「あぁ、すまんすまん!あいつがそんな事言ってたのか?」
「う、うん。高校の時に、狡噛さんが好きだって言ったら、シビュラから適性が出ない限り反対するって」
「全く、あいつらしい」
「....うん?」
「伸元にとってはな、監視官だろうが執行官だろうが関係無いのさ」
「....どういう事?伸兄が言ってたの?」
「言葉にしなくとも、息子の考える事くらい分かる。それが父親ってもんさ。あいつはな、
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「全く、いつまでこんな生活続ける気?」
「礼はしているだろ」
「そういう問題じゃ無いわよ」
「....あいつを見ていられない」
「はぁ....いっそその感情を本人に吐き出しちゃえばいいじゃない」
「聞いてくれないからこうなっているんだろ」
「そうじゃなくて、反対したいだけじゃないんでしょ?」
「.....お前に何が分かる。そもそも、事を運ばせたのはお前だろ」
「あら、バレてた?」
「当たり前だ。隠す気すら無かっただろ」
「心の中では謝ってたのよ」
「....それに何の意味がある」
「ごめんって。いっそのこと、私に吐き出してみる?」