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もう何日目だろう

1人きりの家で1人きりの夜



もはや見学案内時の、パートナーの監視官が誰になるのか気にしてる暇などない

狡噛さんとの事はまだ決められないし、伸兄も相変わらず家に居ないし

それに、あの日お父さんから聞いた事




「....よし」

私はパジャマのまま布団から出て、リビングへ向かった



隠れられそうな場所を探したが、ソファの下は狭すぎるし、後ろに入れそうな隙間のある家具はない

仕方ないがシンプルにテーブルの下に潜ることにした

今は11時半

いつも寝てしまっているため何時に帰って来るのか分からない

こうなったら意地でも起きていてやる







12時

分かってはいたけどまだ帰って来ない

私に気付いて寄ってきたダイムを抱き締める

「帰って来たらダイム怒ってもいいからね!飼い主のくせに、最近全然世話してないだろうし」

「ワン!」
















































ガチャ

皮肉にも玄関が開かれた音に、今まで眠ってしまっていたことに気付く

今何時だとこっそり確認すると、午前2時17分
....いつから寝てたんだろ

確実に近付いてくる足音に口を手で塞ぐ

スーツのジャケットを脱いだのが見えたかと思ったら、キッチンへと向かい、水が流れる音

....水飲んでるのかな?

と思ったらリビングにある観葉植物の世話をしだした

本当にそれは欠かさないんだと感心する

「ダイム、どこだ」


その声に反応して隣にいたダイムが離れて行く様子を、息を止めながら見守る










....あれ?
再び視線を戻すと、さっきまで見えていたはずの脚がどこにも見当たらない


あの一瞬の間にリビングを出た?


ゆっくりテーブルの下から抜け出してもやっぱり静かだ











「っ!」

「何をしている」


急に背後から感じた気配に、驚きのあまり動くことも出来ない
それに加え、何かがおかしい


「おい、聞いているのか」


声は紛れもなく伸兄なのに
何か....まるで別人のような


振り返ってみても、確かにそうなんだけど



「本当に伸兄...?」

「は?」

「....うちシャンプー変えたっけ?」

「何の話だ。...おい!」


私はつま先立ちをして、頭は届かないからと首元の匂いを嗅いだ


「甘い...」


家には甘い系の香りと言ったら私の香水しかない
シャンプーもボディソープも、どちらかと言えば柑橘系の物ばかりだ
でもそれとは違う

それに、甘い匂いといえば普通は女性向けの物


「....どこ行ってたの?毎日こんな遅くまで、誰と一緒にいたの?」

「だからお前には関係な

「最後にシャワー浴びてからそんなに経ってないよね?帰って来てからは浴室に行ってないし、帰ってくる直前に浴びたって事だよね?」

「....憶測でものを語るな」

「憶測じゃない!....彼女出来たの?」

「だから

「しかもこんな時間にシャワー浴びてから帰ってくるなんて....そういう事....?」

「勝手に話を進めるな!」

「別に伸兄が何をしようと私の知った事じゃないけど、教えてもくれないで、私も家の事も全部放って女に夢中になってたの!?」

「名前!いい加減にしろ!」

「それはそっちでしょ!信じらんない!私が苦しんでた間に自分は快楽を求めてたの!?」

「人の話を...!」

「....叩くの?叩けばいいじゃん!」


自分でももう何が何だか分からなかった
徐々に霞んでいく視界が、元々明かりの付いていない部屋でより一層前が見えなくなる


「....何故泣くんだ....」

「私が馬鹿だった!好きな人に告白されて嬉しくない訳ないでしょ!今の今までどうするか決められなかったのは伸兄の為だったのに!」

「俺は好きにしろと言っただろ!」

「そんなの嘘でしょ!私は伸兄が今まで辛い思いをして来たのを知ってるから、私が潜在犯になったら一人になっちゃうのを知ってるから!だからよく考えよう、慎重に答えを出そうって....伸兄を裏切れないって思ってたのに!」

「....名前!」


私は耐えられなくなって自室に駆け込んだ
ドアを閉めて鍵をかけて、クローゼットからスーツを取り出した
急いでそれに着替えて、仕事用の鞄だけ持って再び部屋を出た


そのまま玄関に直行する

「おい!どこへ行く!」

「そっくりそのまま返すよ、伸兄には関係ない」

「正気か!今何時だと思っている!」

「そんな時間に毎日帰って来てるのはそっちでしょ!」

「名前、誤解だ!」

「何が!?しかも今更否定するの!?」

「お願いだ!話を聞け!」

「もう嫌!裏切られた時の気持ち、伸兄なら分かるでしょ!?だから離して!」

「名前!」

「....離して」

「......っ」

「私の為を思うなら、離して」

「名前....」













伸兄は私を追って来なかった

私もまた振り返らなかった



マンション前でタクシーを捕まえて、告げた行き先は公安局ビル

私の居場所なんて家か職場かしか無かった





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