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「クソッ!」


あいつデバイスの電源を切りやがった
何度通話を試みても繋がらない


結局朝になっても帰って来ない名前に、午後の当直にも関わらず俺は公安局に向かった














時間からして一般課の出勤時間を僅かに過ぎていた
遅刻などしないあいつなら、夜どこに向かったとしても今は職場に居ると考えた

家を出る前にわざわざスーツに着替えた程だ


「名字名前さんですか?少々お待ち下さい」




俺にどうする事が出来たと言う

名前が狡噛に想いを寄せていたのは今に始まった話じゃない
そんな狡噛が執行官になった今、余計に奪われたくなかった

俺は名前を止めたかった
だが同時に、止められない事も悟った

俺がどれだけ口で言っても、幾度身体で満たしても、結局消える事のなかった想いだ
そんな相手に好きだとまで言われた名前に、部外者の俺に何が出来る

それに、頑なに反対してあいつを無理に抑え込んで、それが故に色相を濁らせてしまったら本末転倒だ





「お待たせしました。人事課の名字名前さんですが、今朝欠勤届が提出されています」

「.....欠勤届ですか?何時頃だか分かりますか?」

「今朝の7時ですね。」

「....分かりました、ありがとうございました」





何があっても、あいつだけは濁らせてはいけない

その思いで俺は自分の心に嘘をついた


名前がそれで気が楽になるならと、反対しないと装った


そんな俺は俺で、徐々に狡噛に支配されていく名前に耐えられなかった
言動一つ一つに頬を赤く染め、狡噛にしか引き出せない表情を見ていられなかった


だから俺は青柳の家で毎日時間を潰した
だが夜勤で無ければ、必ず深夜には帰った
名前が眠った後を見計らって

帰ってから風呂に入るのでは音で起こしてしまうと思い、青柳に頼んでシャワーを借りていた


まさかそれが、あんなにも名前の気に触るとは思わなかった


もちろん名前が思っているような事はしていない

そもそも青柳には交際している執行官がいる上、俺もあの女には興味など無い
お互いそんな行為など全く御免だ

一度、“あの子は抱くくせに、私はダメなの?”とふざけた事を言っていたが、名前と比べる事がまず間違っている




.....何故だ
何故名前はあんなにも取り乱した

仮に本当に俺が、あいつの言った通り、関係を持った女性が出来たとする
だとしたら何だ
それがどうあいつを裏切った事になる
俺達は恋人じゃなければ、どちらかと言うと、あいつの方が俺を見てくれた事はなかった
あの目にはひたすらに狡噛だけだった

それに、完全にあいつを放置していたわけでも無い
これまで通り、時間が合えば一緒に通退勤もした
普段と同じように会話もした


あいつは、名前は、俺に何を求めていたんだ












































「お前なら来ると思っていた、ギノ」


名前の居る場所がここであっては欲しくはないと最も願った狡噛の部屋の前

監視官権限で開けるドアを塞ぐように、その男は立っていた


「....ギノ、お前名前に何をした」

「....俺が聞きた、っ!おい!離せ!」

「ふざけるな!これを見ろ、あいつが俺の部屋に来た時の色相だ」


目の前に突きつけられた色相チェッカーに、俺は驚愕した
セラピーを受けさせればまだ間に合うものの、逆に言えば適切な処置を要するレベルだった


「こんなに濁らせて、お前それでも監視官か!」

「....黙れ!執行官に降格した貴様に言われる筋合いはない!」


そう俺のスーツの襟を掴み上げて来た手を力ずくで振り解いた


「俺は何も....何もしていない!あいつが勝手に....」

「勝手になんだ、勝手に濁ったと言うのか?そんなわけないだろ!夜中の3時に、雨の中服を濡らして、大泣きしながら俺の部屋に来たんだぞ!」


....どういうことだ
そこまで俺はあいつを追い込んでいたのか?
俺が、名前を濁らせたのか....?


息が苦しい

体が酸素を欲して鼓動が早くなる


「.....名前は...?」

「....部屋で寝てる。色相も良くなってきたが、念の為起きたら志恩に頼んでストレスケアをさせる」

「....俺が監視官であり、あいつの保護者だ。俺がカウンセラーに連れ

「ギノ、もう一つ言っておくが、」


















酸欠にも似たような状態に俺は脚に力が入らなくなり、膝から崩れた
床に手をつけば心臓にまでその無機質な冷たさが伝わってくるようだった













「名前はお前じゃなく、俺を選んだ」







その一言が全てを語っていた

親父が俺たち家族を置いて行った日の痛みを思い出す



部屋の中へ戻って行った狡噛を追う事もできず、監視官権限を使う気力も無かった








狡噛が名前に思いを告げてしまった日から覚悟をしていたはずなのに





結局、想像以上の苦しさに涙が出た





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