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「....ちょっとちょっと!やり過ぎよ!」


家に上がると大量の缶を周りに、テーブルに項垂れる姿

スーツもだらしなくはだけ、全く監視官とは程遠い


「....何しに来た」

「昨日あなたのお父さんに言われたのよ。ちょっと見て来てやってくれって」

「....余計なお世話だ」



散らばるビールの缶を、空かどうか確認しながら全て捨てれば、“メディカルだ”と言う
そう緩んだネクタイを締め上げる様子に、逆に外せばいいのにと思った


征陸さんから大体の話は聞いた
昨日は時間が無かったため、今日こうして退勤後に訪れた

でもこれは....思った以上に酷いわね



「....帰って来てないの?あの子」

「あぁ」

「そんなに手放したく無かったなら、意地でも引き止めればよかったじゃない。」

「それが出来てたらしていた」

「ちゃんと向き合おうともしなかったくせによく言うわ。私は最初から、あなたが私の家に逃げるのは反対だったのよ。」

「そもそも、それが原因なのか」

「征陸さんが名前ちゃんと2人で話したそうよ。あの子、なんて言ったと思う?」

「......」


ずっと合わなかった視線が、ここでようやく私を見つめ返す



「“伸兄に捨てられた”だって。全く、あなた何したのよ」

「....知るか」

「夜中3時に泣きながら部屋に来たって狡噛君が言ってたけど、時間からしてあなたが帰った直後よね?この家で、あの子と何があったの?」

「何故俺に聞く」

「皆不思議がってるのよ。何度聞いてもあの子は“何でもない”って言うそうよ」

「....あいつがそう言ってるならそう言う事だ」

「“何でもない”であんなに色相濁るわけないじゃない」

「あいつは好きな男と結ばれた、お前が望んだ結末だろ」

「あなたはそれでいいの?」

「あの2人の背中を押したのは紛れも無くお前だろ。今更何を言う」

「それは私も女だから。同じ女性の恋は応援したいものよ」

「....名前に会ったか」

「話してはないけど、狡噛君と一緒に居るのを見たわ。あなただって監視官権限があるんだから、いっそ部屋に入っちゃえば?」

「お前は何故そう毎回極端なんだ。それにどっちの味方だ」

「別にどっちでもないわ。ただ誰かが苦しむ恋は嫌いなのよ」

「.....名前はどうだった」

「2人とも笑ってたわ。幸せそうだった」


再び外される視線が何を言いたいのかは明らかだった
それでも目の前の男の言葉は真逆だった


「....そうか」

「....何強がってんのよ」

「女の前で弱る男がどこにいる」

「一応女だと思ってくれてたのね」

「少なくとも男だとは思っていない」

「....まぁ何でもいいけど、どうするのよ。このまま落ち込んでてもしょうがないでしょ」

「.....」

「はぁ....ちょっとお手洗い借りるわよ」



そう立ち上がってリビングを出る
お手洗いは嘘






私は名前ちゃんの部屋のドアを開けた



「....やっぱり」


さっきまで誰か寝ていたんじゃないかという布団のめくれ具合

パジャマが雑に脱ぎ捨てられた床

クローゼットも半分開きっぱなし


あの子が言う“伸兄に捨てられた”時のままね

もう5日は経ってるはずなのに、宜野座君はこの部屋に一度も入らなかったか、又は何も動かせなかったか


あれでも一応仕事はこなしているのだから凄いと思う
さすが真面目といったところかしら


それにしても、あそこまであの子を思っていたなんて
少し悪い事した気がしちゃうじゃない

ただの心配性だと思ってたわ




全く....何をどうしたら急にこんな拗れるのよ
なんとなく自分にも責任を感じてしまう




そう部屋を出ようとした途端、リビングの方から物音がした

まさかと思って廊下に息を潜めてその様子を伺った













「....どうしたの....そんな、ちょっ!」

「色相は、無事か」

「平気だよ!じゃなかったら外出歩けてない」

「名前は俺が嫌いか」

「は?そっちが突き放したんでしょ!荷物取りに来ただけだから離して!」




名前ちゃんの腕を離すどころか、むしろ抱き締め込んでしまう様子に頭を抱える

....何やってんのよ宜野座君

私はとんでもない修羅場に居合わせてしまってるのかも





「っ!やめてよ!離し

「行くな、名前」

「何言ってんの!?好きにしろって言ったのは伸兄でしょ!だいたい、こんな事して彼女さんに悪いと思わ、」






不可思議に止まった声に思わず目を背ける
同僚のキスシーンなんて見たくない
あのメガネがこんな強引な男だったのは想像出来なかった

....最悪だわ
こんなの狡噛君にバレたらどうすんのよ
もうその子はあなたの物じゃないのよ

それに“彼女さん”ってどういう事?
宜野座君に恋人なんていないのに





「.....意味分かんない、自分が何してるか分かってるの!?」

「あぁ分かっている」

「.....ならやめてよ!私には狡噛さんが

「関係無い」

「は...?」

「誰が何と言おうとお前を取り戻す、誰にも渡さない」

「....頭おかしくなったんじゃないの」

「仮にそうだとしても、そうさせたのはお前だ」

「知らないよ!私のせいにするの!?....どうでもいいけど、私も誰が何と言おうと狡噛さんが好き。邪魔しないで!」

「忘れたか、俺は監視官だ」

「なっ!.....狡噛さんに何かしたら私が許さないから!」







....もう一体何が起こってるの?
さっきまで落ち込んでた宜野座君は何?演技?

....これからの一係を思うと溜息が出た





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