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「ギノには会ったのか?」


そう聞けば一瞬止まる手の動き



少し前にパンパンにした鞄を抱えてこの部屋に戻って来てから、どこかぎこちない

その鞄から1着ずつ服を取り出しては丁寧に畳み直す
そしてつまりそれは一度家に帰ったという事

一係は既に退勤しているため家でギノと鉢合わせてもおかしくない時間だったはずだ


「いえ...いませんでした」

「そうか....本当にここに居続けるのか?」


あの夜からもうしばらく経った
名前は先程のを除けば一度も家に帰っていない
俺が知る限り、ギノとも顔を合わせてないはずだ
そんなあいつも大人しい
権限を使ってでも名前を連れ戻すのかと思ったが、特に何もして来ない


「帰らなくてもいいのか?」

「....帰って欲しいんですか?」


そう不安そうな顔をする名前を抱き寄せようと


「そんな訳、」


腕を伸ばすと、怯えたようにその肩が震えた


「....どうした?」

「いや...すみません....」


何か嫌な予感がして俺はタバコに火をつけた


ひたすら作業をする名前を俺はソファから見つめた

この部屋にこうして名前が居る事が未だに慣れない
もう名前からあの男の匂いもしない

だが結局何故こうなったのか、その原因が分かっていない
あの2人の間に何があったのか

それを考える度に、もしかしたら名前は俺を選ぶつもりでいたわけじゃないんじゃないかと思う

名前の俺に対する好意は確実だ
それは分かってる

だが俺を選んだきっかけがきっかけだ
元々決断できて無かった理由はギノにあるはずだ
それなのに、ギノと“何か”が起きた
その“何か”が名前にギノを切り捨てる要因を作ったんだろう

逆に言えば、それが無ければ結局ギノを選んでいた可能性もあるわけだ

そう思うと府に落ちない時がある











「もう狡噛さん、あんまり吸いすぎちゃダメですよ」

「試してみるか?」

「え?」

「こっち来い」


そう言えば素直に隣に座るのが可愛い


後ろに煙を吐いてから


「え、狡噛さん、ちょっ...んっ!」


直接タバコの味を送り込む

名前の肺も俺と同じものに満たされて行くと思うと何か犯罪でも犯している気分だ


「んんっ、待っ...」


タバコを持つ左手を後頭部に添えればより深い味わいになる

角度を変える度に漏れる甘い声を前に、俺の胸を押す力など意味を成さない

トレーニングウェアの俺に対して、未だスーツを着替えていない名前


「んはぁっ、」

「名前、」


俺はすかさずタバコを捨て、持て余していた右手をワイシャツのボタンにかけた


「好き

「ダメ!!」











突然響いた叫び声に全てが停止した



「.....ご、ごめんなさい....」

「いや...俺こそすまなかった、勝手に....」


俺は名前から手を離した


「急に嫌だったよな、お前の気持ちを考え

「違うんです!そうじゃないん...です...」


俺が先程手をかけた襟元を執拗に触る様子に、違和感を抱く


「ごめんなさい、本当にごめんなさい....」

「....名前?」


急に立ち上がって寝室に入っていった名前はただ謝っていた




特別鍵など無いが、ここで無理に追いかけるのは良くないと判断した



















































結局名前は、次の日の朝まで部屋から出て来ず、俺はスーツを取る為にゆっくりそのドアを開けた

名前も仕事はあるはずだが、アラームが鳴るまでまだしばらくある



気持ち良さそうに眠る姿により一層起こしてはいけないと思ったが、同時に昨日の事を思い出した

モラルに反する、と一度はその思考を振り払ったがどうしても気になってしまった




少しだけ布団をめくり、恐る恐るパジャマのボタンを一つだけ外した

下着が無く、直に現れた白い肌に息を飲み込もうとしたが、綺麗な肌の上でそれはあまりにも目立っていた



.....何故だ
名前は会っていないと言っていた

まさか
という思いが渦巻いて俺を離さない





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