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「いよいよこの日だよ名前!」

「そ、そうだね...」


この日、というのは小学生が見学に来る日だ



朝起きたら狡噛さんはもう出勤してしまっていた

昨日は本当に酷い事をしてしまった
あの空気の中止めて貰うなんて....



「朝の顔合わせは刑事課フロアだって、そろそろ行く?」

「ごめん、なっちゃん先行ってて。私お手洗い寄ってから行くよ」

「分かった、遅れないでよ?」






















トイレの鏡の前
誰も居ない事を確認してボタンを一つ外して襟元を広げる

そこには赤く咲き誇る一輪の花
幸いなのがそれ以上は何もされてないという事


昨日拒否してしまったのは、これを見られてはいけないと思ったのと、
溺れるようなキスと襟元に手をかけられた時、同じような状況だった“初めて”を思い出してしまったから

....最低だ
本当に最低だ

鏡に映る跡も場所こそ違えど、“初めて”と一緒だ


どうして?
どうして今更こんな事を


伸兄が理解出来ない


彼女が出来たわけじゃなかったの?
私を捨てたわけじゃなかったの?

もしそうなら捨ててしまったのは私の方だ

私が家を出て行ったあの日の後、秀くんによるとそれはもう酷い荒れ様だったらしい

泣いてすらいたとか
私ですら子供の時以来、伸兄が泣いているのは見た事がない

最初はそれを聞いて、自業自得だとしか思っていなかった
それに、支えてくれる女性が居るなら大丈夫だろうと思っていた


でもそれが昨日、久々に帰って、久々に見た顔で崩れた

家の中はあの夜から時間が動いていなかった
私が出て行ったそのままだった

伸兄の性格からしてそれは異常だった


あんなに伸兄を1人にしてはいけないって悩んでたのに、結局そうしてしまった
その罪悪感はある

でも正直もっと焦燥しているか、落ち込んでいるかと思っていた
もしそうだったら、より罪の意識に苛まれていたかもしれない







狡噛さんにだけは嫌われたくない
失望されたくない
自分から拒絶しておきながら、もう会いたい

今日は見学のスタッフとして動く日だし、刑事課で会えるかな...





















集合時間の3分前

刑事課フロアの指定された部屋のドアを開ける

「もう名前ギリギリだよ!」

「ごめんごめん、間に合ったよね?」

「うん、ここ座って」


そう促されて腰を下ろした瞬間に再びドアが開いた







「....っ」

「やった!!」

私となっちゃんの相反するリアクション


入ってきたのは監視官が2人と、広報課の男性が1人


その広報課から1人ずつ今日の人事表が配られる


.....最悪だ

そんな私にキラキラした目を向けるなっちゃん


私は午後のAグループ
なっちゃんは午前のAグループ

その両方を担当する監視官を見ると、手元の資料に目線を落としていた
伸ばしているのか、切る時間が無いのか、若干伸びた髪を耳にかける長い指から目を背けた


....仕事中だよ私
私情を持ち込むわけにはいかない


一通り広報課による説明が終わり、一度解散となった私達はエレベーターに乗り込んだ






「私これ終わったら死んでもいいかも....」

「ちょっとそんな物騒な事言わないでよ」

「眼鏡様と一緒に仕事が出来るなんて....私公安局に就職してよかった!」

「そ、そうだね....」





喜びを隠せないなっちゃんに、首元の跡が赤く痛んだ気がした

その感覚に初めて見た艶かな表情を思い出してしまい、思わず目を瞑った

....もう過去の事なのにどうして





「....名前?大丈夫?」

「なんでもないよ、大丈夫」



狡噛さん、会いたい
抱きしめて欲しい
強く 強く


そんな思いも仕事によって遮られる



























































午前中は通常業務をこなして、昼休憩

食堂で、同僚の子達がなっちゃんに伸兄の話を聞く


それに私は物理的にそこにいても、精神的には参加しなかった

そんな私の食事はなかなか進まない


もはや誰に悪いと思っていいか分からない

誰も傷つけたくはない

狡噛さんは大好きだ
ずっと優しくそばにいて欲しい
一緒に笑いたい
潜在犯でも関係ない
狡噛さんは今でも、私が好きになった瞬間から変わらずに魅力的
私の心はいつだってそれに動かされていた


伸兄は好きとかそういう事じゃない
似たような境遇を経験して、ずっと二人で生きてきた
口煩いけど、どんな時でも私を心配して、
私のわがままにも付き合ってくれて、
辛い時は支えてくれた

それを思うとずっと一方的に迷惑をかけてたと気付く
....でもまず最初に見放したのはあっちだ
そのくせに今更「行くな」だなんて
意味が分からない





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