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「こ、狡噛さん...あの」

「なんだ」



一大イベントだった小学生の公安局訪問も、私の担当は無事終わり、退勤した私はまたこの部屋に帰って来た

昨日の事を謝りたくて、
でも“ごめんなさい”意外に言える言葉が見つからなくて

それに、狡噛さんはずっと読書に夢中で、私が呼んでもこちらに視線を向けてくれない

....機嫌悪い、ってわけじゃないよね?

こういう事も伸兄なら大体分かるのに、狡噛さんじゃ読み取れない
それが普通なんだろうけど、少し不便で不安だ



「....本、読むの好きですよね」

「あぁ、そうだな」



どう会話を続ければいいのか分からない

構って欲しい

そうでもしないと別の事で頭が支配されそうだ


伸兄は一度も私を見捨てたことは無かった
それを私が一方的に責めてしまった
真実を知った今、余計に苦しい

そもそも冷静に考えれば、あの時どうして私あんなに


「えっ」

「名前、」



急に顎を持ち上げられて強制的に注がれる眼差し



「もう一度聞く、正直に答えてくれ」

「な、なんですか....?」

「昨日、ギノと会ったのか?」


予想外の質問に息すら止まる


「.....」


....言えない、言えるわけがない


「名前、頼む」

「....会ってないって言ったじゃないですか、信じてくれないんですか....?」


声が震える
まさか嘘がバレてるんじゃないかと鼓動が早くなる


「......」

「狡噛さん....?」



時でも止まったかのように動かなくなった様子に、私をじっと見つめる視線が全てを見透かしてそうで



「.....参ったな、お前らは同じ事を言うんだな」

「え、ど、どういう意味ですか?」

「何でもない、気にするな。疑って悪かった」



そう私を離して再び読書に没頭する

“お前ら”って誰の事?
私と誰を重ねたの?

でもそれを聞ける程私は勇敢じゃなかった



....それにしても、私はここにいるのにと思ってしまう
本の背表紙に隠れた顔に向けて眉を潜めてみても意味が無くて

今時珍しい紙の本
それをそっと突いてみる

まさか眠ってるんじゃないか

と顔を覗かせれば

「っ、あ、いや...」

それに気付いて私を見上げる視線とぶつかる



「構って欲しいのか?」



ストレートな図星に顔が熱くなる



「ハハ、可愛いな」

「か、からかってますか!?」

「本音だ」


高まる熱を逃したくて


「み、水取って来ま


目指した方向とは逆に腕を引かれ、厚い胸板に体重をかけた

聞こえてくる心臓の跳ねる音は、私のものなのか狡噛さんのものなのか
それすら分からない


そんな空気の中、間抜けな音が雰囲気を台無しにした


「....ご、ごめんなさい、私です....」

「そういえばもう7時だな、食堂行くか」

「はい、行きたいです...」



























エレベーターに乗り込んで、狡噛さんが60Fのボタンを押す

「今日は何にするんだ?」

「グラタンに挑戦してみようと思ってます、狡噛さんはどうですか?」

「俺は....その場で決める」

「何食べたいか分からないんですか?」

「今はな。見たら食べたくなる事あるだろ?」

「そ、そうですか...?」


そんな他愛無い話をしてると、ドアが開かれる









「送ります」


それと同時に流れ込んできた、聞き慣れた男性の声に思わず顔を上げる





「えっ....」

「あ、わ、名前!?」




そうだ、食事に誘われたって言ってた

私を見て動揺するなっちゃんは、私が狡噛さんと一緒に居るからか
それとも、伸兄との事がバレたくなかったのか


見てはいけない物を見てしまった様な気がして、足が動かない
伸兄が本当に行くなんて
正直絶対断ると思ってたのに


それに気付いたのか、

「行くぞ、名前」

私をエレベーターの外に連れ出す狡噛さん



私達とは入れ替わりに乗り込んだ二人
閉まるドアに何故か“待って”と言いそうになった


「送ります」って、もしかしてなっちゃんを家まで送るの?
あの車の助手席になっちゃんが乗るの?



「名前!」

「は、はい!」

「....大丈夫か」

「私がですか....?」

「他に誰がいるんだ。さっきの女今日午前見たが、友達か?」

「はい、同じ人事課の子です」

「....そうか」

「....え、狡噛さ





突然大きな両手に頬を包まれたかと思えば、優しく降る口付け





「.....悪い、つい....」

余裕の無い色気を含んだ表情がまた私の思考を乱す


「....は、早く食堂行きましょう!お腹空きました!」





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