▼ 63

デバイスで文字を打つ手が止まる

“家まで送ったの?”


気になって気になって、いっそ聞いてしまおうかと思った

だけど、聞いて何になるのか



なっちゃん、
告ったりしたのかな....

まぁ伸兄もいい歳だし...

もし二人が上手く行ったら伸兄は今度こそもう一人じゃない
私の罪悪感も消えるかもしれない
そもそも私が一人にしたのに、誰かにその責務を任せようとするのは卑怯だって分かってる

でも、そうでもしないと私は....


そんな思考に、私を求めた弱った声が蘇る


なんで、どうして









突然鳴った扉の音に慌ててデバイスを切った


「わっ、あ、ちょっ!何か着てください!」

「ん?別に初めてじゃないだろ」


下半身にスウェットのパンツと、肩に白いタオル一枚で浴室から出て来た狡噛さんに、どこを見たら良いのか分からない


「そういう問題じゃ....!」


濡れたままの髪は、その滴を逞しい身体に垂らしては光を反射する

冷蔵庫から水を一本取り出して、一息に半分ほど飲んでしまう様子に恥ずかしくも見惚れてしまう


「か、体冷えちゃいますよ!」

「心配してくれるのか?」

「当たり前ですよ!狡噛さんが倒れたら....っ!」

「倒れたら何だ?」


意地悪く私を抱き寄せる腕に、どうも素直になれなくて


「....そ、その....一係の皆さんが困り、ます....」

「....今のは可愛くないな」

「もう!狡噛さん!」


狡噛さんはいつも言葉が真っ直ぐだ

“好きだ”
“可愛い”
“綺麗だ”

そんな女の子なら誰でも言われたい様な言葉を惜しみ無く与えてくれる
嬉しいけど、その実直さにいつもあたふたしてしまう



「え、こ、狡噛さん?」


急に足元が浮いたと思えば、キッチンの台に乗せられた事に気づく

ほぼ同じ高さ
いやむしろ私が少し見下ろす位置にある顔が私を覗き込む

その顎から落ちた水が、私のズボンにシミを作る


「名前、俺が好きか?」

「....好きですよ...?」

「どれくらいだ」

「ど、どれくらいって....大好きです。他に比べる人も居ませんし....」

「今まで俺以外に好きになった男はいるか?」

「....笑わないでくださいね!」

「分かった」

「狡噛さんが、その....初恋です」

「.....本当か?」

「狡噛さんって全然自分の魅力分かってないですよね....」


そう言うと、急に戸惑った顔をする
何故か何かに勝ったような気分がした


「ふふっ、可愛いですね」

「あまり男に言うべき言葉じゃないぞ」

「嬉しくないんですか?私初めてですよ、男の人に“可愛い”って言ったのは」

「....全く敵わないな」


優しく笑った顔に幸せを実感する



そんな甘い空気は、嫌味のように私を現実に引き戻した


「....あ、えっと、じゃあ私もシャワー浴びて来ますね」


このままより一層甘さを増してしまったら
また昨日と同じように拒絶しなきゃいけない

....心が痛い


「待て」

「な、何ですか?」

「俺に、何か言うことはないか?」


そう不安そうな表情を浮かべる狡噛さんは、何を期待してる?


「.....昨日は、すみませんでした....」

「理由を聞かせてくれるか?」


口調は依然と優しくても、妙な威圧感に手が震える


「....せ、生理」


これ以上ない程の嘘を思いついてしまった自分が嫌だった


「生理が来たんです、だから、その....」

「そ、そうか....大丈夫か?辛くないか?」


また一つ嘘を重ねてしまった
心配してくれる言葉が一段と私を苦しめる


「薬飲んだので今は大丈夫です」

「良かった、何かあったら言ってくれ。言いづらかったら志恩でもいい。あいつはあれでも医師免許を持ってる」

「そ、そんな大袈裟ですよ!」

「それくらいお前が好きなんだ」

「っ!しゃ、シャワー浴びてもう寝ますね!」




あまりの恥ずかしさと苦しさに、逃げるように寝室に入った


私がここに留まり始めてから、この寝室が実質私の部屋になってる
さすがにそれは悪いと思ったけど、普段からソファで寝ることが多いと言う狡噛さんに甘えた結果だ

それでも衣服等は狡噛さんのものもここに置いてあるため、その時はノックしてから入ってくれる


お互い、一緒に寝る事は一度も提案した事がない
なぜか、なんとなく、それは違うかなって

朝目を覚ます時は一人
これまでもいつもそうだったと思えば、そうじゃなかった朝が何度かあった事を思い出す

私が唯一知る寝顔
目元を遮るレンズも、張り詰めた気も無いまるで別人な姿は、きっと誰も想像できないだろう


着替えとバスタオルを抱えて部屋を出る前に、私はデバイスを開いて、未送信のフォルダを消去した

気になるけど知りたくない気持ちが勝ったから





[ Back to contents ]