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「出張ってどこ行くの?」


いつぶりだろう、伸兄の運転する車に乗るのは
やっぱりどこか落ち着くというか...
安心できる空間だ

狡噛さんの車はもう二度と乗れないのかな....
時々帰り送ってもらってたのが懐かしい


「沖縄だ」

「沖縄!?え、沖縄ってあの沖縄?」

「他に何の沖縄がある」


“征陸家”が無くなって、伸兄と二人きりになってからは一回だけ行った事がある
私が中学を卒業したタイミングに二人で


「私も行きたい!」

「旅行じゃないんだぞ、無理だ」

「監視官でしょ!何とか出来ないの!」

「出来るわけないだろ!監視官を何だと思ってる」


さすがに馬鹿な事を言ったなとは分かってる
でもそれくらい私も沖縄には行きたい

私だって、お母さんに会いたい

そう俯く私の頭に優しく重さが乗った
その手が伸びてきた方向を見ても、変わらず前を見て右手でハンドルを操作していた


「....通話を掛けるから、今はそれで我慢しろ」

「ずるいよ...伸兄だけ....それにお父さんも」

「仕事だ、仕方ないだろ」

「.....ケチ」


こんなに素を出してわがまま言えるのも伸兄の前だけだ

今まで何度も、口煩くて面倒だとか、いちいち心配して来て鬱陶しいとか思って来たけど、結局嫌いにはなれないのは全てを打ち明けているからだと思う


「はぁ.....お前はいつも俺を困らせる」

「.....ど、どういう意味?」

「もう何年も旅行には行けてなかったな」


その発言に心が躍る


「.....沖縄でいいのか」

「うん!沖縄がいい!」

「出来るだけ善処する」


まだ決まってすらいないのにもう楽しみだ
看護ドローンでお母さんの様子は大体分かるけど、もちろん直接顔を見たい

“旅費は伸兄持ちね”と言えば、
“その代わりお土産はお前が買え”と返された

























そんなお土産を何にしようかと、窓の外を眺めながら考えていると、今度は伸兄が話題を提起した


「.....いつも、狡噛と食堂で夕飯をとっているのか」


その質問に、私もあの時に関しては聞きたい事があると思うも喉の奥深くに飲み込んだ


「気になる?」

「.....仕返しのつもりか」

「そこは、私の“別に”って台詞を引用し

「気になる」

「....えっ....」


そう急にオートドライブに切り替えて私に体を向ける様子に驚いた


「気になるに決まってるだろ」

「な、なんで....?」

「小さい頃からずっと側に居たのは俺だ。お前の事は、誰よりも俺がよく知っている」

「そう....だね?」

「そのせいだろうか、」



互いのシートベルトが引っ張られる音がここは車内だと知らせる
交差する頭を肩に乗せられれば耳元が敏感になった



「俺の知らない名前を狡噛が知っていると思うと、気が狂いそうになる」

「.....そ、そんな事言われても....」


一段と強さを増す腕の力に少し痛みを覚える


「色相は毎日チェックしているか」

「う、うん」

「ちゃんと三食食べているか」

「だから、子供じゃないってば!」

「睡眠は。しっかり取っているか」

「ねぇ心配し過ぎ!」


そこで体を引き離されたが、依然として両肩を掴まれる





「あいつと、一緒に寝てるのか」

「な、無い無い無い!.....狡噛さんはリビングのソファで寝てるみたい。申し訳ないとは思ってるんだけど流石に恥ずかしくて....」

「.....俺とは恥ずかしくないと言いたいのか」

「なっ!狡噛さんと比べないでよ!....伸兄はもはや家族じゃん。今更恥ずかしいとか無いでしょ」



再びマニュアル運転に戻ると、そのまま家に着くまで無言だった

なんか....伸兄変わった
変えてしまったのは私なのだろうか

いくら考えてもその答えが出る事はなくて






















マンション前に車が止まる

「ありがとう、出張頑張ってね」


そうドアノブにてかけた手を声で制止される


「名前、」

「なに?」

「頼む、もう一度考え直してくれ」

「.....」

「あの時からずっと、俺にはお前しかいない」


私には狡噛さんもいる事を責められてる気分になる


「.....そんな事言って、青柳さんも、なっちゃんもいるじゃん」

「.....気にしてるのか?」

「っ!してない!青柳さんはもう彼氏いるけど.....なっちゃんは良い子でしょ」

「.....名前、こっち向け」





「....えっ、んッ!?」






共有するミントの味が脳をクリアにするはずなのに、むしろ堕ちて行く感覚に麻痺する



「んっ、はっ、ちょっ」



ダメ

どうして

深く深く求められて




「....降りろ、あまり時間がない」



















































「だ、め....ぁっ、だってば....」

「そんな顔して言った所で、男を煽るだけだぞ」


所持者らしい清潔感のある部屋
ここのベッドに埋もれるのはいつ以来だろう


「やはりずっと一緒に過ごして来ただけあるな、考える事は同じだ」



止めないと

止めなきゃ

おかしくなりそう



「有峰、あいつの誘いは断った」

「んぁっ...え...?」

「俺は普通に食堂で食事をしようとしていただけだ。向こうが勝手に同じテーブルに座って来た」

「そ、それで....?」

「そのまま強制的に食事を共にさせられた。お前、俺の趣味を話しただろ」

「うっ....べ、別にそれくらい減るもんじゃないし....」

「.....まぁいい。その後オフィスに戻ろうとした俺に着いて来たのがお前が見た光景だ」

「.....でも....」

「お前が言いたい事は分かる。どうせ“有峰を家まで送ったのか”という事だろ。結論から言うと送っていない。あのままだと本当に俺が帰るまで追いかけて来そうだった。だから1階エントランスまで送り、タクシーを捕まえてそれに乗せた」

「....あっそう」

「満足か」

「なにが?」

「俺達は結局互いに互いを切り離せない。その点お前は俺に何を与えた」

「.....し、仕事行かないとじゃないの?」

「あぁ、残念ながらゆっくりしてる暇はない」



ネクタイを乱雑に緩める動作が、ここで終わりにする気はないと示す
少し伸びた前髪が私の頬をかすめる
私があげた香水の匂い

その全てが私の五感を支配する



「名前、戻って来い」



そう引き寄せられれば、より深く送り込まれる感情に抗うことも出来ない

また狡噛さんに秘密を作ってしまう事にすら頭が回らない

自分の心が理解出来ない



そんな戸惑いも、激しさを増す心地良さを前には全くの無力だった





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