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「はぁ....」




一人になった部屋で、布団を頭の上まで引き上げた

呼吸は少し苦しくなるものの、より暖かさを感じる





シャツのボタンは開けっぱなしで羽織ってるだけ
シワになっちゃうかもとは思うも、動く気力が無い
自分の部屋に戻る事すらしてないのだから




あのまま一度眠りについて、今はちょうど日付が回った頃

カーテンもまだ閉めてないこの部屋は、明かりがついてなくても充分に眩しい

その光が布団を突き抜けて私の目に入る








こんな事

ダメだったのに

絶対に



でも止められなかった



今思えば伸兄からは初めてだ

これまではずっと狡噛さんへの苦しさを紛らわすために、私が一方的にお願いしていた







私達、何なんだろ

恋愛感情は無いのに、身体は重ねて



狡噛さんと居ると、好きで嫌われたくなくて、自分の言動も狡噛さんの言動も常に気になってしまう


そういう意味では、伸兄とは何も気にしなくていい
ただただ的確に理解し、与えてくれる安心に身を任せられる

そのあまりの心地の良さに結局拒絶出来ない

”兄“ と “男” の両方の顔を知ってしまっている私は、


本当に愚かだ














「互いに互いを、切り離せない....」


伸兄の言葉を思い出して、自分で復唱してみる


.....なんとなく分かる気はする
何をどうしてもやっぱり、ここまで一緒に生きてきたんだから
私以外の他の誰かが、っていうのは不思議と想像がつかない




私を包む布団の慣れ親しんだ匂いが、どうしようもなく落ち着かせてくれる




「....シャワーは浴びなきゃ」






































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「なぁギノ、覚えてるか?」


ベランダで男二人、月の光のみが照らす夜
東京と違って静かだ


「名前と三人、高校時代に夏祭りに行ったよな」

「....懐かしいな、あいつが俺達に浴衣を着ろと煩かった」

「ギノは嫌がってたよな」

「名前が強制的に買ってきたから着ざるを得なかった。おまけに、あいつの着付けまで手伝わされた」


名前の白地に赤い花の浴衣がよく似合っていたのを覚えている
だが、今程意識していなかった事を悔いる


「射撃で対決したよな?あいつが俺達のどちらかに賭けていた気がするんだが....」

「....そんなの狡噛、お前に決まってるだろ。学年主席と対決させられた俺の身にもなってくれ」


それを聞いて不覚にもやはり嬉しく思う
同時に、そんな事すら覚えていないのが残念だ


「だが射撃の腕はギノの方が上だろ」

「あぁ、残念ながらあいつの賭けは外れた」


....そうだ
ギノと銃を構える後ろで、俺の名を呼びながら“頑張ってください”と応援してくれていた光景が少しずつ蘇る

全く、俺はそんな局面で負けてしまったのか


「あの日はあいつが行きたいと言うから、わざわざ課題も事前に終わらせたのに、結局俺が無駄に苦労して疲れた思い出しかない」

「....たしか名前が.....怪我したっけか?」

「慣れない下駄を無理に履くからだ、足を挫いてその後ずっと俺が背負う羽目になった」

「.....なら帰れば良かっただろ?」

「お前は何も覚えてないんだな」


それだけ当時は名前を意識していなかった事に、いつからこうなったのか分からない


「祭りの最後にホログラムの花火が上がる予定だった。それを見たいから帰りたくない、と名前が聞かなかった。」


ギノの話に徐々に鮮明なっていく記憶


「それなのに、俺達の目の前で花火が上がる中、背中から反応が無いと思ったらいつの間にか眠っていた。後で“何故起こしてくれなかったのか”と俺が責められた。2時間近くも背負って歩き回った結果がそれだぞ、報われないにも程がある」










月が明るい
青白く光る様子が、まるで俺を慰めているようだった



「.....ギノ、俺が憎いか」

「.....祭りの話はどこへ行った」


そんな話するんじゃなかった


「お前はあいつが好きなのか?」

「....それはどう言う意味で言っている」

「俺と同じ意味だ」





真っ直ぐ前の一点を見つめ続けるギノは、ただ静かに息を吐いた





「あいつに対してお前と同じ感情は無い。だが、俺と名前は一方でも欠ける事はできない」



その言葉に納得してしまう
ギノは名前を必要とする
それはまた、名前も同じなのは正直明らかだ

ギノには出来ても、俺にはどうしようもできない事が多々ある
それは俺が潜在犯だからではない



「一つ前の質問、俺がお前を憎んでいるか」


眼鏡の奥の視線が鋭く刺さる


「あぁ、憎んでいる。名前はずっと前からお前が好きだった。前提として言っておくが、俺は無理にあいつを止めた事はない。お前が施設で過ごしていた間、お前が勝手に傷つけた名前を見て、俺はどれだけ苦しかったと思う。それが今になって名前が好きだと?ふざけるな」

「.....その件については、本当に申し訳無かったと思ってる」

「それでも俺は、名前はお前が好きだと分かっている。だから強引に引き裂く事はしない。だがあいつは、お前の側に居るべきじゃない」

「俺が名前を濁らせるとでも言うのか?これでも元監視官、絶対にあいつを守るさ。それに、どうするか決めるのは名前自身だ」

「.....狡噛、お前は必ずまたあいつを傷付ける事になる。その時は覚悟しろ」





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