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結局週末は何も出来なかった


どうせ本人は居ないし、まだあの夜のまま残されてるんじゃないかと何となく入れなかった自分の部屋に否が応でも入らなきゃいけなかった

予備のスーツと電車のパスを取るために





結果入ってみると私の予想は裏切られて、綺麗に整理整頓されていた


こういう無言の優しさに私は救われてるんだろうな






例の跡はかなり薄くなった
なのに狡噛さんには会えない
ほんと何てタイミングの出張なの








自分の席に着いてパソコンを起動してすぐだった

横から痛いくらいの視線を感じたのは


何も言わないその視線に耐えられなくなって、私もそれに応じた


「っ!.....その、名前.....」

「私もごめん...狡が

「うわぁぁん!!名前ー!」

「えっ!?ちょっ!」


狡噛さんといた事を弁明しようした私に、いきなり泣き付いてきたなっちゃん


「失恋したぁぁあ!」

「そんな、食事断られたくらいで....」

「違うの!....って、名前やっぱり宜野座さんから聞いたんだね...」



“眼鏡様”から呼び方が変わった事に、多少の進展があった事が示される



「う、うん、まぁ....」

「じゃあ知ってるでしょ....私がフラれたの....」

「フラれた?どういう事?」

「私、頑張って告白したの.....でもダメだったぁぁ!清々しいまでにフラれたよ....もう立ち直れない....名前には勝てないよ....」

「え、ま、待って。伸兄に告ったの?」

「うん...もうストレートに“一目惚れです、付き合ってください”って」

「私それ聞いてないよ....?で、でも初めて直接話したその日でしょ?もうちょっと交流を深めてからなら....」


と正直心にも無い事を言ってしまう



「名前に話したくもないくらい私はダメだったんだ....もういつ告るかの問題じゃなかったよ....」



ーーー(有峰回想)ーーー


憧れの宜野座さんと二人きりのエレベーターは、刑事課フロアの41Fを通り過ぎても尚下っている

さっき“送ります”って言ってくれたし、これはまさか!

助手席フラグ!?



と喜んだのも束の間、扉が開いたのは地下駐車場ではなく1Fエントランス

先に降りて行く長身の背中を慌てて追った


『えぇっと....』

『ここで待っていて下さい』


そう言われて大人しくエントランスホールで待っていると、一度外に出た宜野座さんは数分後にまた戻って来た


『タクシーを止めましたので、そこまで送ります』

『えっ、た、タクシーですか!?』



“送ります”ってそういう意味!?



『何か不都合はありますか?鞄は持っているようですし、人事課はとっくに退勤時間のはずです』

『まぁ...そ、そうですけど....』

『タクシー代なら心配しないでください。いつも名前がお世話になっているようなので、これくらいはさせて下さい』


そう遠慮なく、再び停まっているタクシーに向けて歩き出すのをどうする事も出来なくて、ただ後ろをついて行った


『どうぞ』


紳士的に後部座席のドアを開けてくれたけど、これ乗り込んだらここで終わりじゃん....!

それならいっそのこと



『あ、あの!』

『何ですか?』

『宜野座さん!私、一目惚れして、その、私と付き合ってくれませんか!』


私を見つめる視線に心臓が煩い
こんな緊張する場面なのに、どうしても見惚れちゃう


『.....申し訳ありませんが、お断りさせていただきます』

『と、友達からでも!』

『遠慮しておきます』

『....じゃあまた食事でも

『いい加減にしろ』


突然変わった口調に背筋が凍り付いた


『そもそも誘いは断ったはずだ。俺は誰とも付き合う気は無い。ここまでしているのも名前の友達だという事に免じてだ』


....まさか私が名前の友達でもなかったら、こうするチャンスも無かったって事?


『もし俺の行為が有峰を勘違いさせていたのなら謝ろう。君に特別気があるわけじゃない。年上としての社交辞令と、名前に対する気遣いだ。あいつは君達同僚を大切にしている様だからな』

『.....』


もう言葉も出ないよ....
私に対する優しさが全部名前の為だったなんて
最初から可能性なんて無かったんだ


『もういいか、俺はまだ仕事が残っている。これ以上は付き合えない』


二重の意味を捉えられるその言葉は、どっちにしろ拒絶だった
さすがに参った私は俯きながら目の前のタクシーに乗り込んだ


『タクシーだから大丈夫だとは思うが、気をつけて帰るように。それと名前とは仲良くしてやって欲しい。これで摩擦が生じるのは俺もあいつも望まない』

『は、はい....今日はありがとうございました....』


ーーー(有峰回想終)ーーー





「....って事で、完敗だよ....」


私はその話に開いた口が塞がらない
私の知らない所でそんな事があったなんて.....


「で、でも伸兄にとっては初めて告白されたはずだから!初めては絶対記憶に残るし!」

「え?宜野座さん、今まで2回告白された事あるって言ってたよ?」

「.....えぇ!?それ本人が言ってたの!?」

「うん、ご飯食べてる時に聞いたんだけど、中学と高校時代に1回ずつって」

「.....嘘、知らなかった....私一回も告られた事ないのに!遠の昔に先越されてたなんて....」

「いや待って!それも驚きだよ!名前ちゃん可愛いのに!美人兄妹って私達の中では有名だよ!」


女子の同僚グループの中で有名でも仕方ない気がするけど....


「.....うん、お世辞でも嬉しいよ、ありがとう....」





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