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「今は家に戻ってるのか?」

『....はい、ダイムの世話をしないといけないので....』

「ダイムか、懐かしいな、もうずっと会ってないな」

『今度外出許可申請を出したらどうですか?伸兄なら許可してるくれると思います』


名前は嘘偽り無く本気でそう思うのだから敵わない
俺がギノなら絶対許可しないだろうな
だが実際、確かに許可が下りる方法が一つだけある
それは名前が一番よく分かっているはずだ


「.....そうだな、考えておく」

『ダイムもきっと喜びますよ!』






懐からタバコを取り出して火をつける

名前から通話をかけて来るなんて思いもしなかったが故に、この上無く嬉しく思う

同時に、こうして好意を向けられれば向けられる程徹底的に自分のものにしたくなる

俺を選んでくれたとは言え、名前はギノを捨てたわけじゃない
むしろ未だに勝ててない



“ ....狡噛お前、大分いばらな道選んだな....宜野座が黙ってないだろ”


佐々山、やっとお前の言葉が理解できたよ

確かに、相手が名前じゃなければ、こんな複雑な事にはならなかったんだろうな




「名前、好きだ」

『....き、急にどうしたんですか....?』





それでも俺は後悔していない
名前で良かったと思ってる

楽観的に考えれば、仮に俺に何かあってもあいつにはまだギノがいる
二人で助けてやることが出来る

だが自分の心に素直になるなら、いつだって俺を見ていて欲しい
俺を頼って欲しい
俺だけの存在でいて欲しい
ギノなんか忘れて俺だけを求めて欲しい

それを名前はしないんじゃない
出来ないんだ

名前がギノを失ったら、間違い無く俺の手には負えないだろう
そして一生恨まれるだろう
猟犬として、どうして飼い主を守れなかったのかと


名前を濁らせない、傷付けない

そう決めた日から俺もギノも、名前を完全に自分のものにはそもそも出来ないのかもしれない





そして、この全ての葛藤を踏まえた上でも、やはり男というのは貪欲で闘争心の強い生き物らしい









「名前、俺は潜在犯だ。もう何も残ってない。そんな俺が唯一大切にしたいのがお前だ」

『....恥ずかしいです....』

「俺にお前を守らせてくれ」

『....それなら、私がお願いしたいくらいです。私傷一つも嫌ですよ?』

「ならもっと強くならなきゃな」

『狡噛さんこれ以上鍛えたら、もうボディビルダーですよ!』

「それで名前を守れるなら構わないさ。それに、ボディビルダーが悪いのか?」

『いや、そういうわけじゃないんですけど....服とか変えなきゃいけなくなっちゃいますよ?』

「お前は相変わらず現実的だな」


誰に似たんだか


『....一種の自己防衛ですよ。多くを期待しないで、目の前の現実だけを見る。....私が今まで狡噛さんに対して取ってきた手段です....』

「.....すまなかった、気付いてやれなくて....」

『当たり前ですよ、そういう風にしてたんですから。これで実は気付いてたなんて言われたら、心臓発作レベルですよ』


そう今は笑う名前を、過去の俺は知らずに何度も辛い思いをさせてきたのかもしれないと思うと胸が痛かった


『でも、ずっと好きでいた甲斐がありました!人生で初めて告白されたのが狡噛さんなんて、ご褒美以上ですよ!』

「いや、お前は総務課の」



そ、そうか
あの夜の事は名前は覚えてないのか....

やや胸元をはだけさせ、男の肩に寄り添って眠っていたのを思い出す

.....今でも本当にギノに行かせなくて良かったと思ってる


そんな夜が事実上無いことになってるのか

俺にとって都合が良いのか悪いのか



『総務課?が何ですか?』

「忘れてくれ、何でもない」

『....そうですか? あ!そう言えば、伸兄が告白された事あるって知ってました!?』

「あぁ、俺が知る限りは一回だけだけどな。俺たちの学年にいた溝淵って覚えてるか?」

『え、溝淵佳澄先輩ですか!?あの、長髪で綺麗な人ですよね?』

「綺麗かどうかは分からないが、その溝淵が俺達の帰り際に突然。でもお前も知ってる通りギノは勉強一筋だっただろ」

『.....びっくりです.....ち、ちなみに狡噛さんは....どうですか?』

「....本当に聞きたいか?」

『.....そんな“聞かない方がいい”雰囲気出されちゃったら、聞けませんよ....でも告白された事があるのは分かります。学校中の有名人でしたから』

「その自覚は無かったな。まぁ俺についてはいつか機会があったら話そう」

『.....ちょっと怖

『はいはーい!そろそろいいかしら?』

『あ、唐之社さん』

『宜野座監視官に分析を頼まれてね。慎也君、あなたの事もお呼びよ』

「....仕方ないな。名前、また今度な」

『はい、お仕事頑張って下さい』





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