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「おいでダイム、散歩行こ」


退勤後帰宅して直ぐ、荷物をリビングに置いてリードを手に取る


暗くなる前にがベストなのは分かってるけど、やっぱり仕事の都合上そう簡単には行かない


ダイムは本当にお利口
多く吠えたりしないし、お風呂も暴れない

私達が二人きりになってしまった時にお婆ちゃんがくれた犬

特に伸兄は本当に可愛がってる
それ故か最近ドッグセラピストの資格まで取った




スーツのままダイムをつれてエレベーターに乗り込んで、マンションの外へ出た


....本当に東京は眠らない街だ
どこかしこもホログラムの光で溢れてる

花草木も本物は数少ない


目の前にあるこのチューリップも
触ってみようとしても手が通り抜ける

視覚ではこんなにリアル見えているのに


全くどうしたら見ただけでホロかどうか分かるのか
庭園デザイナー1級に合格した伸兄の目はどうなってるのか
私みたいな一般人には到底見分けはつかない

それでもホロだから驚くんじゃない
全てがホロだと思い込んで、本物だとそれが信じられなくなる

不思議な世の中だよね





そういえばお婆ちゃんとも会ってないな....
同じ都内に住んでるのに



....散歩ついでに行ってみようかな

いや、一ツ橋から千住まで歩くのは無謀すぎるかな



デバイスでマップを開くと

“徒歩115分”

....無理だ


大人しく帰ってネットに潜ろうかな

そう思うとそっちが楽しみになってしまってダイムの散歩が疎かになる



「ワン!」

「ご、ごめん....」



これじゃ私が散歩されてるみたいだ


















「ただいまー」

誰も居ないのに、この玄関を開ける時はそう言うのが私に染み付いてしまっている


「お腹すいたよね?」


ドッグフードの用意をして、自分はまだいいやとそのまま自分の部屋に入った




パソコンを起動させてオンラインのソーシャルコミュニティにログインする


特に何をするわけでもなく、ただ最近みんながどんな事を話題にしているのかブラウジングするだけ






.....ん?公安局について?

自分の職場となるとやっぱり気になって、そのトピックについてのログを遡る


“公安局ビルにはお偉いさん御用達のキャバクラがある”

....あるわけないでしょ
本当に作るなら公安局ビルじゃなくて、厚生省ノナタワーに作るよ
あっちがお偉いさんの本拠地なんだから




“刑事課監視官になれば将来安泰。女にも困らない”

将来安泰は絶対じゃないし、後半については、ただしイケメンに限るってやつに決まってるじゃん!

でも言われてみれば刑事課に、極端に容姿の悪い人はいないような....
まぁある程度身体能力は求められるし、まず太れないっていうのは大きいのかも?








ピンポーン

「ワン!ワン!」


室内に響くチャイムの音にイスから立ち上がる


「ワン!」

「ダイム、落ち着いて。ここで待っててね」



玄関に向けて吠えているダイムを一時的にリビングに閉じ込めた








「今開けますね!」


再び玄関に戻ってドアを開けると、そこにいたのは30代くらいの男性だった


「あ、こんばんは。宜野座さんですよね?」

「ま、まぁ、はい。そうですけど、どちら様ですか?」

「隣に越してきたのでご挨拶にと。雪村と申します。これ、大したものじゃありませんが」



そう手渡されたのは巷で有名なベーカリーのクロワッサン詰め合わせだった



「わざわざありがとうございます」


伸兄パン好きだから残しておいてあげようか


「....えぇっと、まだ何か....?」

「今お一人ですか?」

「?はい、一人ですよ」

「今週ずっと一人ですよね」

「そ、それが何か....?」

「いえ、また伺います」

「え、あっ....」



急に去っていた男性は全く意味が分からなかった


もらったパンをリビングのテーブルに置くと、その反動の音に違和感を感じた

何か硬いものが....



そう思い袋の中を漁ってみると、小さな猫の置き物だった

ベーカリーでの特典だったのかな?


うん、結構可愛い



私はそれを持って自分の部屋に戻った

パソコンの横に飾ると意外と部屋とマッチした










さ、そろそろシャワー浴びようかな





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