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「みんなよく聞きなさい!」





相変わらず同僚6人で食堂で昼食を取る


なっちゃんと伸兄の一件以来、元々“眼鏡様派”だった他の2人も意気消沈

狡噛さん派だった私以外の2人は、執行官に降格した時点でそもそも諦めていた

私も私で狡噛さんとの事も言えないし、伸兄の事も変に罪悪感を感じていた

なっちゃんも私と狡噛さんが一緒にいた事は、伸兄との件で相当ショックだったのか全く聞いて来ない

潜在犯と関係を持つなんて、いくら友達とはいえ普通の人からしたらあり得ない事
だから結局、なっちゃんが忘れているのを良いことに隠す事にした



なっちゃんが皆に話した最初のうちは

『.....名前、あんた愛され過ぎよ』
『溺愛されてんじゃん』
『私がなっちゃんだったら、もうしばらく名前の顔見れないよ....』
『自分に向けられたと思ってた優しさが、全部回り回って実は自分の友達に向けられてたなんて....トラウマ案件よ』

と散々言われた


“ごめん”とは感じ口にするものの、どうしてか伸兄本人に
「なんてことしたの!別にご飯一緒に食べるくらい、家まで送ってあげる事くらい男なら当然じゃん!なっちゃんショック受けてたよ!」
とか言えないでいる

なんとなく、これで良かったような
一時は、「2人が上手く行けば」とか思ってたのに


あの時の伸兄の「満足か」っていうのは....





「厚生省公安局に所属する私達独り身女6人の集いよ、これ以上刑事課にしがみ付いていられないわ!いざ出陣よ!」

「....え?どこに?」

「どこにって名前聞いてなかったのね」

「人脈だけはあるこの私が、経済省のキャリア男性達との合コンを取り付けたのよ!」

「.....えぇ!?いや、私は....」

「行かないとか言わせないわよ!」

「で、でも私そういうの行った事ないし....」


なんとか口実を見つけたいものの、とてもじゃないけど言えない事ばかりだ


「時間は今週の金曜日夜、場所はその時私がみんなを連れてくわ」


今日は一係が出張に出てから2回目の火曜日
もう1週間と3日が経ってる


「でもなんでまた経済省なんて....」

「これで良い男がいなかったら別の省庁に乗り換えよ。候補は外務省、国防省、産業省、あと文科省も!厚生省に就職したならエリート狙わなきゃ!」

「.....すごい顔広いんだね....でもだからこそなんで厚生省じゃないの?」

「厚生省は私達の直属の上位組織よ。さすがに頭上がんないっていうか....他の省庁はさ、一応厚生省よりパワーバランス下だし、お願いしやすいのよ」

「それほぼ武力行使じゃ....」

「細かい事は気にしなくていいのよ!いいから金曜日退勤後、皆で戦いに行くわよ!」



....はぁ、その時は普通にご飯食べよ








その後は他愛無い事を談笑しながら、それぞれがそれぞれの昼食で午後への活力を補った


人事課オフィスに降りていくエレベーターの中、話題は再び経済省との合コンの話に


「ねぇどんな男が来るの!」

「いやぁ、私も分かんないんだよね。経済省で働いてる同級生にさ、他に良さげな男5人集めてって任せちゃったから」

「えー私年上がいいなー」

「高身長なのは外せないでしょ!」

「いやいや、結局顔でしょ!」

「声ってのも重要だと思うよ?」


私は何を重視するのかな....
でもやっぱり好きになるには時間を費やして交流しないと



エレベーターのドアが開き皆につられて降りて行く



「経済省のエリートなら収入は文句無いだろうし」

「やっぱ気遣いができるかどうかじゃない?」

「それでもブサイクだったら無....って、あれ....」

「あ、監視官だ!人事課に用かな?」

「いやいや、絶対名前でしょ」



自分の名前が話題に上がってその先を見ると、確かに見慣れた横顔


「ほら、行って来なよ!」

「えっ!?」


いきなり背中を押されて前に出ると、それに気付いたのかこちらを向かれて交わる視線

と思いきや、すぐまた正面を向き直して何か手続きをしている様子



「....出張は?」

「今帰った。 はい、お願いします」


何をしているのかと覗き込むと、早退と欠勤届....?


「ちょうどいい、このまま家に戻るからその準備をしろ」

「いや、私まだ午後の仕事が

「だからこうして今日の早退届と、明日の欠勤届を提出している」

「え!ちょっ、何勝手に!」

「いいのか、沖縄」

「......は!?今から行くの!?」

「刑事課はそう簡単に休めない、明日1日だけ休暇申請が下りた」

「唐突過ぎるよ!何も用意できてないよ!」

「だから早く退勤する準備をしろ、一度家に戻ってからすぐ出発する」

「あぁもう!事前に連絡してよ!」





同僚の子達が「どうだった?」と聞いて来る中「ごめん帰る、明日も休む」とだけ言って、急いでタンブラーやら職員証やら手当たり次第に鞄に放り込む



























法定速度ギリギリのスピードで運転する様子に、そんなに急いでいるのかと察する






















家の玄関を開けてすぐ、スーツのジャケットを脱ぐ伸兄は遠慮無く中へ進んで行く


「一泊に足りるだけの荷物にしろ。俺は着替えて来る」


リビングに入った背中を追うとまず初めにダイムを愛でる伸兄はやっぱり愛犬家だ


「....なんだこれは、お前が買って来たのか?」

「あ、それね、隣に引っ越して来たって男の人がくれたの。ほら、伸兄パン好きじゃん。だから残しておいたんだけど....」

「....いつの話だ」

「先週だから....もう捨てたほうがいいかも」

「はぁ....腐るまで置いておくな」

「ご、ごめん...完全に忘れてた...」




そう伸兄は片手でネクタイを外しながら、もう片手でそれをゴミ箱に捨てた





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