▼ 73

「暑いよー」


久しぶりの沖縄は、変わらずに穏やかだった


「伸兄、上着持って」

「なっ、名前!勝手に渡すな!」


手に持っていたカーディガンをその肩にかけた


「ねぇー、こんな遠かったっけー」

「もうすぐそこだ、我慢しろ」


もう夕方近いのに、未だ太陽が照りつける似たような家屋達


このうちの一つが宜野座家の実家だ


“出来るだけ善処する”って言っておいて、こんなに早く叶えてくれるなんて
仕事が早過ぎる

正直さすがに無理なんじゃないかと思ってた

それが今こうして




「あ、ここか」




石垣の塀に囲まれた入り口の表札には“宜野座”の文字





伸兄が玄関を開錠すると、すぐに介護ドローンが駆けつけて来た


「こんにちは、ご家族の方でしょうか?生体認証か身分証の

「息子だ」

「.....失礼しました。照合完了、どうぞごゆっくり」

「あの介護ドローン可愛いよね?」

「ドローンに可愛いも何もないだろ」



靴を脱いで家に上がると、介護用の車椅子に座り静かに外を眺めるお母さんの姿

その顔には表情と言う表情がない

あんなに綺麗で優しかったお母さんが.....


それでもやっぱり親子なんだなと明確に分かる程、伸兄とよく似てる




「.....また痩せた、よね....」

「....仕方ない」



ユーストレス欠乏症
公式には認められていない病

感情を失い刺激にも反応しない、俗に言う生きた屍

本来なら治療施設に収容されるべきだけど、中には酷い対応をする施設もあるらしい

それを警戒したのと、生まれ育った故郷であり大好きな沖縄で過ごして欲しいと言う息子の願いだ
それをお婆ちゃんも交えて相談して決めた

全面リノベーションして、24時間介護体制を敷くこの家は、実際のところ東京と同等以上のケアが提供されている

すごいお金かかってるだろうな....

これを全部伸兄が一人で担っていると思うと、何もしていない何も出来ない自分が本当に無力に思う




「お父さんは連れて来てあげた?」

「連れて来るわけないだろ!あいつは父親なんかじゃない!」

「またそう言う!お母さんにとっては愛を誓った男性なんだよ?伸兄が嫌でもお母さんは会いたいかもしれないじゃん」

「もう離婚している!」


そんな会話を、いくら反応が無いとはいえお母さん本人の前で話すのもおかしな事だ



「次もし沖縄に来る事があったら、絶対お父さんも連れて来て!」

「いくらお前の頼みでも、それだけは聞いてやれない」

「なら私が連れて来る!」

「いつの日か監視官になってから言え」

「.....っもう!」



外とは違い涼しい屋内に、風鈴の音が響き渡った










私は伸兄から荷物を引き継いで寝室に向かった

親子の時間は大切だろうし、二人きりにさせてあげようと思った





もともとお母さんは厚生省のキャリア官僚だった
お父さんも最初は警視庁だったけど、警察制度が廃止されて、厚生省公安局に入局

そんなお父さんと私の両親が知り合ったのも警視庁
両親は刑事ではなかったらしいけど、もし生きていれば同じように公安局に入局していたかもしれない

今では私も伸兄も厚生省の職員

13省庁6公司でもトップレベルの絶大な権威を誇る厚生省

そんな組織に私をも含めた一家全員が所属したとなると、世間一般的には飛んだエリート家族だ


羨む人もいるだろう
先日見たネットの書き込みのように将来安泰だと思う人もいる



....でも私達にはこれが現実だ


私の両親は早々に他界
お父さんもシビュラシステムが運用され始めてまもなく潜在犯落ち
その家族はそれを理由に凄惨な差別を受け、お母さんは不治の病を患った


結局シビュラが導入された新時代でも、確実な幸せなんて無いんだ



.....私の親は今どうしてるかな.....
天国で幸せかな

顔も覚えてないこんな娘でごめんなさい













「名前、何が食べた....どうした」

「え....?」


床に座り込む私を見下ろす顔が、滲んで見える


「....何があった」

「....伸兄にとってさ、幸せって何....?」


私の前に膝をついて身を屈めた伸兄を、私は尚も変わらず少し見上げる


「私、1人になりたくない。孤独が怖い。征陸家が迎え入れてくれる前に親戚と過ごしてた時、私すごい寂しかったの。お出掛けにも連れてってもらえなくて、食事も一緒にさせてもらえなくて。幼心にもあそこは自分の居場所じゃないって分かった」

「名前....」

「誰からも求められなくて、誰も構ってくれない。誰も私を






.....あぁ、私はこの温かさが好きで欲しかったのかもしれない

心の邪念を全て溶かしてしまいそうな抱擁

....私にはこれが必要なんだ








「名前、俺にもお前が必要だ」



まるで心理を読まれてるような、そして以前にも言われた事がある台詞に少し笑ってしまう



「....何が可笑しい」

「本当に一緒に生きて来ただけあるよね。考える事は同じなんだなって」

「....それは俺の台詞だろ」

「今から私の台詞」





[ Back to contents ]