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「ここ、喫煙室じゃないんだけど?」
「お前も吸ってるんだからいいだろ」
分析室に充満する二本の煙
この間璃彩ちゃんから聞いた話、慎也君を見てると悲しくなって来ちゃうじゃない
「あの子にタバコ臭いって嫌われてない?」
「吸い過ぎだと注意はされた」
見た目獰猛そうなのに、この男は優し過ぎて意外と純粋
こうしてタバコを吸いに来てるのも、せっかく長い出張から帰って来たのに名前ちゃんが監視官と休暇に出てしまったからという他人からしたら可愛い理由
本人は相当ガッカリしてる様子だけどね
「どこに行ってるかGPSハッキングしてあげようか」
「やめておけ。監視官デバイスにハッキングなんてバレたら大変な事になるぞ」
「やだ、私の技術を舐めてるの?」
「心配してやってるんだ」
そう言って2本目を吸い出す様子に、名前ちゃんに言われたという忠告を理解する
「.....予想はついてる」
「あらそう、さすが刑事ね」
「ギノは出張期間中一度も実家に立ち寄らなかった」
「宜野座監視官の実家って沖縄なの?」
「とっつぁんがそう言ってた。とっつぁんを連れて行きたくないのかと思っていたが、俺たち執行官であいつの実家に行ったやつがいない」
「夜中にこっそり一人で行ったかもしれないじゃない」
「鍵の無い檻に執行官を4人置いてか?何かあった時に監督責任を問われる上、そういうところはしっかりやるギノの事だ。ありえない。沖縄なんてなかなか行ける機会が無いのに、わざとそのチャンスを逃すとは思えない」
「.....つまり、また直ぐに沖縄に行く予定があったからって言いたいのね?そしてそれがこの休暇の行き先」
「あぁ。まぁあくまでも予想だ。確信は無い」
無気力にそう答えると、タバコを咥えて持参した本を開き出す
「ここで寝ないでよね、寝たら襲っちゃうわよ」
「それは御免だな。それに読書は睡眠導入じゃないぞ」
「多くの人にとってはそうよ。そもそもあなた睡眠時間足りてないでしょ」
「俺には足りてる」
「4時間が足りてるわけないでしょ。医師免許を持つ私が言うんだから。それに最近は特にソファで寝てるみたいね」
「.....名前をソファで寝させろっていうのか?」
「一緒に寝ればいいじゃない。まさかまだ抱いてない訳ないだろうし」
「あいつの口からそう提案されれば従うが」
「紳士過ぎよ、女の子にはもっと強引なのがいいのよ」
「それで傷付けたら全て台無しだ」
「全く....普段はあんなに果敢なのに、女には臆病なのね」
「.....慎重になって何が悪い」
吸い終わったタバコを灰皿に落として、私は足を組み直した
本の文字に夢中な慎也君はその一点だけを見つめてる
「ねぇ、あの日、あの子があなたに泣きついて来た日、何があったんだと思う?」
「....名前は“何もない”としか言ってない」
そこで私はわざと返答しないで間を作った
慎也君ならきっと
「はぁ.....分かってるさ。“何もない”訳ないだろ」
「あなたが名前ちゃんに告白した日から、宜野座監視官、少し変だったと思わない?」
正直私は璃彩ちゃんから話を聞くまでは全く気づかなかったけど....
....やっぱりこの話しない方がいいかしら
でも撒いた種は取り戻せない
「....まぁ少し冷えていた印象があったな。名前を置いて帰ったこともあった」
慎也君からの新たな情報に、そりゃ名前ちゃん傷付くわ...と察する
置いて帰られた行き先が女の家なんて、恋人かどうか関係無く私だったら一発殴ってるわね
「実はね、宜野座監
私の話を突如遮る着信音に、画面を見ると今まさに話題に上がっていた人物
「はいはーい、こんな夜中に何かしら?今楽しく休暇中でしょ?」
『唐之社、個人的な事ですまないが調べて欲しいことがある』
「違法じゃないことにしてよね」
そんな私達の通話を慎也君はただ眺めていた
『名字名前の親戚夫婦で、86年生まれの息子がいるはずだ。その夫婦の詳細が知りたい』
「言ったそばからランダムな一般市民の個人情報?」
『問題無い、何かあれば監視官である俺の責任だ』
「その言葉記録したわよ。それにしても何でまた名前ちゃんの親戚なんか....ストーカー?私ストーカーのお手伝いなんてしたくないわよ?」
『ふざけてる暇があったら早く調べろ』
「全く舐められちゃ困るわよ。見つけたけど、どこまで知りたいの?」
『全部だ、直接ファイルを転送してくれてもいい』
「じゃあそうするわ。ちなみに今沖縄?」
『.....調べたのか』
「慎也君の推理よ」
『.....そうか、猟犬らしくなって来たなと褒めてやれ。もう切るぞ』
「はいはい、楽しんで」
「だそうよ」
「あいつらしい皮肉だな。俺ももう部屋に戻る」
「あら、本当に私と寝ない気?」
「残念ながら好きな女を傷付ける趣味は持ち合わせていない。まぁ今まで散々傷付けて来たらしいがな」
「恋ってそういうものよ」