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「おはよー」


そうあくびをしながら挨拶をした先には、朝食の用意をする姿

....と言ってもオートサーバーだし特に難しい事でもないけど



「お母さんは?」

「居間でドローンと一緒だ」


きっとそこから見える景色が好きなんだろう


「今日何するの?」

「お前がしたい事をすればいい、だが夕方前には帰るぞ」

「え、早っ!」

「ダイムを忘れるな、それに明日からすぐ仕事だろ」

「あーそっか....」



出来上がった食事を居間に運ぶ背中についていく



「何しようか、お母さんも楽しめることが良いよね?」

「母さんの事は心配するな、無理に動かす方が体に負担だ。それに、名前、これはほぼお前のための旅行だ」

「そんな私はお母さんにも楽しんでほしい」

「.....全くお前は」

「海行こ。車椅子のまま海辺散歩くらい大丈夫でしょ?

「....なら早く着替えて朝食を食べて来い」


懸命に世話をする介護ドローンはお留守番だねと、心の中で謝った






































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今日も相変わらず日差しが強い

日焼けしちゃうかな....



家を出て、真っ直ぐ海岸に向かう道

静かで長閑で、自然の香りがする


車椅子を後ろから押す伸兄の横を歩く

小さい頃はあんなに可愛かったし、背も私と変わらなかったのに
早い段階から子供らしさが消えて、一つしか歳は違わないのにずっと私の保護者代わりだった
高校の入学手続きとか、三者面談も来てくれた


お婆ちゃんも居たけど、基本的に世話をしてくれたのは伸兄だった
高齢だし迷惑かけられないって

それ故絶対的な信頼感というか、“何をしてもこの人なら”と思う





「あ、麦わら帽子だ!」


小さな古民家でおばあさんが一人で切り盛りしているお店
前回来た時もあったような


「....買わな

「買ってくれるよね? お母さん、どう?似合う?」


そう帽子を被って見せると、少しだけお母さんが笑った気がした


「.....はぁ、少しは自分の給料も使え」

「家以外での費用は出してるよ。友達とのお出掛け代とか」

「それくらいで良い気になるな、当然の事だ」






























誰もいない浜辺を3人で占拠する

太陽の熱が暑いけど、潮の風が気持ちいい


後ろに立つ私達には見えないけどお母さんはきっと良い顔をしてる








「.....あのさ、ごめんね、一人にして」


以前言われた謝罪をそのまま返す


「....今その話か」

「私ね、無意識の内に、伸兄は絶対に側に居てくれると思ってたみたい。今までそうだったから」



だからこそあの時悲しかったんだ

見放された気がして

私だけは必ず見ててくれると思ってたから、それが無くなった上に他の人に奪われてたなんて

そう思ってショックだったんだ



「いつも心配してくれて、気にかけてくれて、彼女もできた事ないし、どこかに行っちゃうなんて考えもしなかった

「.....」

「私が言うのもなんだけどさ、無理矢理にでも私の誤解を解けば良かったじゃん」

「.....本当にお前が言うな」

「そ、そうだけど....」



お互い正面の海を眺めたまま続ける会話
風が私のワンピースの裾を揺らした



「.....あの時は俺も混乱していた。突然怒り出し、拒絶の目をするお前に怯えた。何が起こっているのか理解出来なかった」



その言葉に、焦りに満ちた表情を思い出す
私が「離して」と強要した時の表情

どうして私あんなに頑固だったんだろう
....一言でも話を聞けば良かった









「名前、」

「....っ」

「もう一人にはしない、寂しい思いはさせない。今までもこれからも、お前の為に生きて行く。だから、」




私も同じように両手をその背に回す



「うん、分かってるよ」



それに応えるように力を込められると、苦しいのに不思議と「大丈夫だ」と思える





すぐ側には変わらず海を見つめるお母さんがいるのに

それでも東京と違い静かで穏やかな空気は、まるで異空間





「ところでさ、」



鼓動が聞こえていた胸からその顔を見上げる



「.....切らないの?前髪」

「.....お前はもう少し空気を読めな




かかとを上げて体を持ち上げれば触れる感触の反動に、慌てて落ちかけた麦わら帽子の後頭部を押さえた



「もしかして新たなメンタルケアの一種?」

「.....声、抑えろよ」

「え、どういう





頭の後ろに添えていた手に、別の手が重なり引き寄せられると、この場にはもう一人居るという事すら忘れかける


あぁ....抑えろって、
そういう事ね









太陽の熱に溶けて行く気がした





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