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「ギノさん出張終わりにまた沖縄行くって、どんだけ沖縄好きなんすかー」


2週間近くぶりに刑事課オフィスに勤務する


平日木曜の昼前



「お土産とか無いんすか?」

「悪いが少し席を外す。昼休憩は各自で行け」

「ゲッ、無視かよ」

「あるわけないでしょお土産なんて。どちらに行かれるんですか?監視官」

「個人的な用事だ。午後の勤務開始前までには戻って来る」

「....個人的な用事にドミネーターを携帯するんですか?」

「.....仕事に集中しろ」




腰のホルダーにドミネーターを差し込みながら出口に向かう俺を、またもや呼び止める声に振り返るのも億劫だった




「....ギノ、まさか東谷夫妻の所に行くつもりなのか」

「え、誰っすか?トウヤ夫妻って」


割り込んで来た縢を無視して、狡噛に視線だけ向けた


「.....深夜に別の女性と一緒に居るとは、名前は喜ばないだろうな」

「っ!ギノ!」

「安心しろ、わざわざ教えて勘違いさえ、悲しませる事はしない」



開かれた自動ドアを俺はそのまま通り抜けた
















































東谷美紀子、東谷博之夫妻

名前の両親が亡くなってから2年間、あいつを“養育していたはず”の夫婦

東谷美紀子は、名前の母親である名字由美子の実の姉で、名前は姪にあたる



.....話を聞くだけだ

何故名前の両親は心中をしたのか
何故そこまで追い詰められた程貧しかったのか
現在では廃止された警視庁に勤務をしていたなら、どうであれ生活に困る程困窮する事はなかったはずだ

それを知るために話を聞くだけだと自分に言い聞かせた










「はーい....えぇっと、どちら様でございましょう....?」


.....確かに少し名前に似ている
そんな所でさえ嫌悪感を煽った


「厚生省公安局の者です。少しお話を伺いたいのですがよろしいですか?」

「は、はい....どうぞ....」




夫である博之は有名企業の上位ポストなだけあって、目の前の女の身なりや、通されたリビングの様子からもある程度裕福な暮らしをしている事は理解出来た

だが問題なのは、名前がこの家にいた当初もまた然りだった事だ

唐之社から送られてきたデータによると、博之の収入は25年前から安定している




「公安局の方がどうしてウチなんかに?」


“お兄さんなかなかのイケメンね”と差し出された茶に手を付けたくもない


「私的な話で来ました」

「あら、でもお兄さんになら何でも話しちゃうわ」


いい歳して、反吐が出る

だがそんなこちらを弄ぶような表情も、次で一瞬にして強張った


「名字名前、分かりますね」

「....っ、なに、あの娘が犯罪でも犯したのかしら?確かにやるんじゃないかと思ってたけど、まさか本当にやっちゃうなん

「勘違いするな、名前は善良な市民だ」


保とうと善処していた平常心が早くも崩れ、自分で自分に溜息が出た


「....あんた誰よ、あの娘と随分親しい間柄なのかしら?」

「公安局の者だと言ったはずだ」


それでも尚疑惑の目を向ける女に警察手帳を提示した


「......」

「本題に入る。まず名字夫妻に何があったか話してもらおう」

「.....知らな、っ!」



俺はドミネーターを引き抜いてその先を向けた

“犯罪係数 アンダー70、執行対象ではありません。トリガーをロックします”

そんな指向性音声に構わず銃口を向け続けた



「わ、分かったわよ!.....あの夫婦は莫大な借金を背負ってたのよ」

「....借金?誰からだ」

「.......」


“犯罪係数76、トリガーをロックします”


「答えなければ局まで連行する」

「.....そんな脅しに乗

「答えろ」

「.....」



“犯罪係数84、トリガーをロックします”



「10秒やる。それまでに答えなければシビュラシステムの判断に委ねる」


執行対象では無いものの着実に上がっている数値
それが示すものは明らかだった


「5」


“犯罪係数96、トリガーをロックします”


「4」


だが話を聞ける前に執行しては意味が無い
これはこの女の言う通りただの脅しだ


「3」

「全部あの女が悪いのよ!」


“対象の脅威判定が更新されました。執行モード ノンリーサルパラライザー、慎重に照準を定め対象を無力化してください”


「どういう意味だ」

「あの女が私から幸せを奪ったのよ!!」

「....分かるように説明しろ」

「直人さんはこの私の恋人だったのよ!それをあの女が....!....まぁお陰で今の旦那に出会えて裕福に暮らせてるけど?それでも許せなかったのよ!」


“対象を無力化してください”


「....あの二人は優しいからね、その心を利用してお金を巻き上げてやったわ。そしたらどうなったと思う?金融機関からお金を借りてまで、私を“助けて”くれたのよ!馬鹿にも程があるわよ!」


“対象を無力化して下さい”


「しかもそれで首吊っちゃうなんて!....あの日もいつも通りお金を取りに行ったんだけどね、そしたら死んでるんだもの!丁寧にテーブルの上にお金置いてね!いい気味だと思ったわ!」



....ふざけるな
そんな身勝手な理由で



「でも唯一誤算だったのは、あの娘を預かる事になったことね。あの女と直人さんの子よ!?育てるわけないじゃない!」

「.....あいつに、名前に何の罪があったと言う!俺は今でもよく覚えている、名前がうちに来た日を。あんな小さな子供が痩せ細って、ずっと震えていたんだぞ!」

「.....あなたまさか、あの娘を引き取りに来たオッサンの子?まぁいいわ。自分の娘でも無いんだから、死なない程度に養えばいいのよ。そもそも私にも息子がいるしね。あの娘今どうしてるの?」

「....貴様が知る資格は無い」

「でもうちの息子がね、会ったって言ってわ。結構可愛かっ

「その息子に言っておけ、名前に手を出したら容赦しない」

「残念ながらもうずっと息子とは会ってないし連絡も付いてないわ。どんな顔になったかも分からない。ただ意味深にメールが来ただけよ」


“対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数アンダー80、執行対象ではありません。トリガーをロックします”

.....一過性の上昇か



「....クソっ、今日の事は無かった事にしておく。もう次は無いと思え。再び顔を合わせることがあればそれが貴様の最後だ。どんな手を使ってでも、あいつが受けた同等以上の絶望を味わせてやる」

「私の血の一部はあの娘と同じよ」





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