▼ 77
「皆さん、出張お疲れ様でした!」
久々に一係オフィスに響いたその声に俺はすぐに立ち上がった
「あの、もう行ったのは分かってるんですけど、一応沖縄のお土産を....」
「さすが名前ちゃん!どこぞの監視官とは大違....ってちょっと、コウちゃん!?」
その手に持っていた菓子折りの詰め合わせを受け取り、そのまま自らの胸に抱き寄せた
「....あ、あの...狡噛さん....皆さん見て
「会いたかった、名前」
2週間近く触れられなかった愛しさにもう待てなかった
少しでも早く、少しでも
「えっ、あ....」
「職場だぞ、何を考えてる。 名前、ちょっと来い、聞きたい事がある」
そう腕を引かれて離れて行ってしまう様子に、何も出来ない
....どうしたらいい
どうしたら
「コウちゃんやるじゃん!」
「さすがに目の前ではやめてもらいたいですね、見てるこっちが恥ずかしいです」
「いいじゃないか、男はそれくらい実直な方がいいんだよコウ」
「まぁ、結局ギノさんに攫われちゃったわけだけど?」
菓子折を開けて“うまそー!”と喜ぶ縢は、そのままそれを食べ始めた
「そういえば、トウヤ夫妻って結局誰なんすか?」
「名前の親戚だそうだ。ギノが調べていた」
「まさか伸元のやつ.....」
「知ってるのか?とっつぁん」
「あぁ、知ってるも何も、名前の両親が亡くなってから俺が引き取るまでの間名前の面倒を見ていたご夫婦だ。確か、名前の母親の姉夫婦だったはずだ。」
「すぐに征陸さんが引き取ったわけじゃないんですか?」
「俺はただ知り合いってだけだったからなぁ。ある日幼くてして両親を亡くした名前がどうしているか気になって、東谷夫妻を訪ねた。そしたらな....それは酷いもんだった」
「....まさか、虐待か」
「まぁそんなところだな。豪華な家族と家とは相反して、汚れた衣服と、生きてるのが不思議なくらい衰弱していた。さすがにこれはいかんと思ってな、その場で引き取る事を提案したんだ」
.....名前にそんな過去があったのかと寒気がした
現在の様子からは想像も出来ない壮絶な過去
「そしたら“言う事を聞かない子だけど、それでも良ければどうぞ”だとさ。一瞬で頭に血が上ったのを覚えてるよ。子供なんて言う事を聞いてくれる方が奇跡的じゃないか。だが結果、名前はとっても大人しい良い子だった」
「大人しいのは、その東谷夫妻に植え付けられたトラウマから来る怯えだったのではないですか?」
「それもそうかもしれんな。念の為病院には連れて行った。中度の栄養失調と軽い心的外傷があるとの診断結果だった。それでも名前は、」
「あっ、もう食べてるんですか!私の分残ってます?」
「見ての通りだ」
「めっちゃ元気っすね」
そんな名前を見ると、いつも以上にか弱く思えた
「どこに自分の買ってきたお土産を強請るやつがいるんだ?」
「そ、それは....美味しそうだなと思って選んだので....それに支払いは伸兄がしてくれましたし」
「え!じゃあ実質これギノさんからのお土産!?」
その時の二人のやりとりが想像出来るようで、またもや変な妬みに駆られる
「....名前?何してるんだ....?」
その後間も無く退勤した俺は、名前と共に宿舎に帰って来た
寝室に入って行った名前を追うと、クローゼットから何着か服を取り出してそれを畳んでいた
俺の質問に手を止めると、俯きながら衝撃的な言葉を紡いだ
「その....私、一係の皆さんが出張していた間、考えてみたんです」
「.....」
嫌な予感が湧いてくる感覚に、今は犯罪係数を測られたくないと感じる
「.....あの日、家を飛び出した時、私もうこれから一人なんだと思ってました。それがすごい辛くて....。でも、私の勘違いだったんです。捨てられた訳じゃなかったんです....」
申し訳無さそうな声に、そうさせているのは俺なのかと感じとる
「私、やっぱり.....伸兄を一人には出来ません」
名前、お前は
「自分が一人になったと思って経験した辛さを、私は伸兄に強制させちゃいました....今まで支えてくれたのは伸兄なのに....」
「帰る、のか.....?」
「で、でもまたここには来ますよ!伸兄もそれは許可してくれました。来週からただ前と同じように家に戻るだけで.....っ!」
「....お前はギノを選ぶのか」
「....そ、そんな選ぶとか....」
「俺が好きなんじゃないのか?」
「もちろん好きですよ、大好きです....でもそれとこれとは....えっ、狡噛さん....?」
止めろ、俺はこんな事がしたいはずじゃない
そんな震えた目で見るな
「んッ!....やめてくださっ.....なんか、怖、ぁっ」
「あいつの事なんか、」
理性はどこへ行った
嫌だ、怖いと懇願する名前に歯止めが効かない
何故だ
名前が嫌がる事はしないと誓った筈だ
「忘れろ」
行って欲しくない
ここにいて欲しい
それが言えない
代わりに溢れ出すのは嫉妬に満ちた理不尽な熱
「嫌っ....ぁんッ」
“こんなの狡噛さんじゃない”と言うのに対して、名前が何を望んでいるかのすら頭が回らなかった
それに反して、あいつに連絡されたら困るとデバイスを取り上げる事には気が回るのが憎らしい
むしろそれでも上がる嬌声に満たされて行く自分が恐ろしかった
涙すら滲む目元を、心ではいけないと思うのに止まらない
それは名前を労る気持ちよりも、自らの妬みの方が強いからだと悟る
「はぁっ....名前....」
名前がギノを切り離せないのはとっくに分かっていたはずだ
それなのに、いざまたあいつの元に帰ってしまうとなると、どうしようもなく離せなかった
それはきっと、心のどこかでは名前に期待していたからなのかもしれない
本当にすまない
許してくれ
こんな事をしたかった訳じゃないんだ
そしてまた、名前は許してくれると期待してしまう