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「迎えに来て」

『は...?今週いっぱいは狡噛の所にいるんじゃなかったのか?』

「いいから、何も聞かないで今すぐ迎えに来て」

『....15分後にエントランスに着く』

「ありがとう」





そう通話を切ってワイシャツのボタンを止める



目の前で項垂れる狡噛さんの頬にはくっきりと赤い跡



そんな私の掌もジンジン痛む



.....こんなに本気で誰かを叩いたのは初めてだ




「す、すみませんでした.....」

「.....」




淀み切った空気の中、私はただ着衣を整えた


どうしてこんな事に....




いつも優しかったはずの狡噛さんが、まるで別人のようだった

怖くて怖くて今でも手が震えてる






「.....伸兄には、黙っておきますから....」

「.....」



こちらを見ない、返事もしない

ただ一点を見つめる狡噛さんは何を思っているのだろう




それを横に、手当たり次第に荷物を鞄に詰め込んだ







「.....本当に、行くのか」


その質問にもはやどう答えればいいのか分からなかった

元は週末に帰るつもりだった
伸兄ともそう話して、これからも狡噛さんに好きに訪れていいと了承もしてもらった

その矢先にこれだ

こんなはずじゃなかった

何がいけなかったの?
何が狂わせてしまったの?



とにかく今は一緒に居るべきじゃないとその鞄を持って寝室のドアノブに手をかけた



「....狡噛さん、好きです。だからこそ少し頭を冷やしてください」















































「.....それで、何があった」

「だから聞かないでって言ったじゃん」


いつも通りの声色を心がけてそう返答した
それに返されたのもいつも通りの溜息

車内から見る外の景色は雨で霞んでる



「それよりさ、最近男に会ったかって、何だったのあれ」

「そのままの意味だ」

「いや、分かんないよ!」

「それならいい、深く気にするな」

「....そんな意味分かんない質問気になるに決まってるじゃん」

「とにかく、もし変な男に会ったらすぐ言え。いいな?」

「.....はいはい」



変な男なんて、評価基準が曖昧過ぎる
何をもって変だと判断すればいいのか




「あ、あと明日、いつの当直?」

「午後、第二当直勤務だ。どうした」

「明日私退勤後、同僚の子達と合コン行

「は!?」

「ちょっ、危ないって!」


そう急いでオートドライブのボタンを押した


「合コンなんて行かせると思ったのか!絶対ダメだ!」

「そう言われても無理だよ!絶対行かないと後で面倒な事になる。もうセッティングしちゃってるみたいだし、ご飯食べるだけだから」

「.....相手は」

「え?」

「相手の男はどこで見つけて来た」

「....気になる?」

「いちいちその手を使うな、気になると言っただろ」


私がせっかく切り替えたのに、またマニュアル運転に戻す伸兄
伸兄は何故か基本オートドライブを使わない


「同僚の子にさ、すごい人脈広い子がいてね。その子が、“もう刑事課は諦めよう!”って経済省の男性職員を集めたって」

「っ、経済省だと!?」

「な、なに、経済省がどうかしたの?」

「....つい最近刑事課は経済省と揉めたばかりだ。経済省管轄の施設が現場となった事件で、執拗に捜査より経済効率が優先だと介入して来た」

「.....ま、まぁもう言ったけど、ご飯食べるだけだから。終わったらすぐ帰るよ」

「....場所と時間は」

「え?」

「そんなの早い時間に終わる訳ないだろ、迎えに行く」

「.....それが、明日行ってみないと分かんないの。ちゃんと連絡するから」

「はぁ....いずれにせよ11時だ。退勤したらすぐ行く。そう友達にも言っておけ」

「....はーい。じゃあ、そのためのホロコス買って」

「....お前は何故自分の給料を使わない、何のために貯金してるんだ」

「伸兄の誕生日プレゼント」



....っていうのは今思いついたけど、これからそういう事にしよう

そして、そんな私の作戦通り、



「.....その代わり俺が選ぶぞ」

「いいよ」

































「かわいい!私これがいい!」

「ダメだ、スカートが短い」

「いやホロだよ!?」

「文句があるなら自分で買え」


金を持つ者が物を言うルール故に、全く決まらない

何度も何度も試着を試し、伸兄が許可を出した物は全部まるで華やかさが無かった

相手の男に興味は無いけど、幻滅されるのはまた違う話だ

そんな私の乙女心を思いっきり潰してくる伸兄に、もういっそ自分で買ってしまおうかとも思うものの、そんなに安価な物ではない




1時間近く揉めに揉めた結果、結局膝丈の七分袖ワンピースにローパンプスという“これぞ清純派”みたいなホロコスを、私が3割払う事で決着が付いた





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