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「過去1週間であった3件の同様の通報ね。“隣人の部屋から異臭がする”って。実際現場に行くと女性の遺体をめでたく発見」

「その3人の被害者女性の共通点は見つかったか」

「今のところ全然ダメね、ランダムとしか思えないわ」

「色相の悪化も感知されていません。自宅内で強姦と殺害。ホームセクレタリーが検知するはずですが....」

「殺しが先だな、仏様の色相は悪化しない」

「ウェッ、死体とヤったっての?」

「それに性的興奮を覚えるヤツもいるんだ。そしてそこまで異常だと“悪い事をしている”という認識もない。ただ自分の欲を満たしているだけさ。普通ならある程度の不安を抱えるものだが、そういう奴らにはそんな意識も無い」

「憶測で物を語るのはやめろ」

「はぁ....コウちゃんはどう思う?」



そう話を振られた狡噛は、今日はやけに静かだ


一応狡噛にも昨日何があったのかと聞いたが、予想通り答えは得られなかった

心配ではあったが、名前の色相に変化は無く特に変わった様子も無かったため、深く詮索するのはやめておく事にした

何より名前が側に帰ってきた
それだけで充分だ



「とっつぁんの言う事は一理あると思う。それより被害者の共通点を探すのが先だ。それで犯人、又は次のターゲットを見つけた方がいい」

「....というわけだ唐之社、3人の被害者を洗い直せ」

「んもう、人使い荒過ぎよ。じゃあまずは人間関係ね」




時間を確認する
間も無く21時だ

2時間前に場所の詳細が送られて来て以来特に連絡が無い





そこでふと思い出した事を急いでメッセージで送る




「.....監視官、何か用事でもあるんですか?先ほどからやけにデバイスを気にされているようですが....」

「お、もしかしてデートっすか?」

「うるさい、何でもない。どうだ、何か見つかったか唐之社」

「いや...出身校も、勤め先も、居住地も全部バラバラよ。だからもちろん共通の知り合いも無し。強いて言えば全員20代の女性って事ね」

「それじゃ広すぎるなぁ」

「もう無差別なんじゃないっすかー、コウちゃん何か意見出してよー」

「.....少なくとも無差別ではないな。無差別にしては用意が周到過ぎる。それに廊下までとは言え被害者宅に上がり込んでいる。玄関で争った形跡は無い。つまりどう考えても顔見知りだ」

「でも共通の知り合いいないんっしょ?」





分析室で議論する俺たちの目の前には、3人の被害者女性の資料と現場再現の写真

行き詰まった議論に皆が頭を抱える



名前から返信は.....無い








「まぁ一回整理しようじゃないか。被害者は全員20代の独身女性、一人暮らし。あとは....もう無いのか、参ったな」

「....遺体は腐敗が進んでいて厳密な死亡推定時刻も分かりません。手がかりが少な過ぎますね....」

「志恩、それなら家の中はどうだ。まずはっきりしているのは犯人は共通だ。そしてその犯人が家に上がった事もだ」

「ふーん、なるほどね.....間取りはこれまたバラバラね。同じメーカーの家電を使ったりはしてるけど、そんな人多いわよ?」

「家にある全く同じものを一覧にしてくれ」

「了解、ちょっと待ってね」





.....クソっ

何をしている


「少し出て来る、すぐに戻るからそのまま続けろ」











そう分析室を出てすぐ名前に通話をかけた



『....はぁーい』

「名前、メッセージは見たか」

『え?見てなーい』


怠けた喋り方に、まさか遅かったかと不安が生じる


「酒は飲むなと送ったんだ」

『んー、遅いよー、もう飲んでるもーん』


思わず額に手を当てた
もっと早くに気付くべきだった


















「あ、宜野座監視官、

「悪いが急用ができた。捜査は明日再開する。全員宿舎に戻れ」

「え、マジでデートっすか!?」

「しつこいわよ」





































































名前の情報を元に辿り着いたのは、イタリアンのダイニングバーだった


その中で盛り上がる12人のグループはすぐに目についた


「え、宜野座さん....!」

「す、すみません...名前がお酒弱いの知らなくて....」

「弱くないよー」

「もうやめなよ名前ちゃん!」


そうすかさず止めたのは、正面に座る男だった
それがやけに癇に触った


「えーまだ飲め

「名前、もうやめろ」


その手からグラスを引き抜くと、やっと俺を認識したのか驚いた顔をする


「ほら、水を

「....伸兄だ!」

「っ! おい!」


急に俺の首元に抱き付く様子に、全員の視線が注がれる

名前本人以外全ての時間が止まったような感覚に陥る



「伸兄いい匂いするー」

「名前!離せ!」


その腕を無理矢理解くと、途端に力無く崩れて行く名前の身体に慌てて腰を支えた


.....相当酔ってるな




「....申し訳ありませんが名前は連れて帰ります。伝票をいただけますか」

「ちょっと待ってください、誰だか知りませんけどいきなり入って来て、女の子一人持ち帰るだけじゃなくて、この食事の代金まで支払うんですか」


そう立ち上がった男を、“やめて”と止める名前の同僚


「せめて自分が誰かくらい語るのが、大人のマナーじゃ

「経済省の職員と聞いた。君じゃないとは思うが、先日は随分邪魔してくれたな」


同時に警察手帳を取り出した


「っ、公安局刑事課...?みんな刑事課の彼氏ができないって言ってなかった?」

「そ、その、名前はちょっと特殊なのよ.....」

「身分は明かした、伝票を貰えるか。嫌ならこのまま帰るが」

「だ、大丈夫ですよ!宜野座さんに払ってもらうわけにはいきませんから。名前には今度伝えます」

「分かりました。せっかく名前を誘っていただいたのにすみません。皆さんで引き続き楽しんでください」

「ありがとうございます....次からはお酒に気を付けます」


その“次”は全く望んでいないのだが、この場で言う事でないのはさすがに分かった



いつのまにか安心しきって腕の中で眠ってしまっていた名前は、俺が抱え上げても起きる様子が無かった





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