▼ 09

「名字さん!水飲んで!」

「....んー....」



受け取った水を突っ伏したまま一気に飲み干す



「こりゃ完全に潰れたな。相馬くん、チャンスだぞ!」

「そ、そんな無理ですよ!」

「ハハハ!最近の若者は精気が無いなぁ!」

「マスター、冗談きついですよ」

「まぁ、ウチはそろそろ閉めるんだが...どうするつもりだ?」



相馬くんとマスターの会話がすごく遠く聞こえる。
聞こえてはいる。
理解もできてる。
ただ...変な気分だ
気持ち悪いわけでもない


「名字さん、少し歩こう。ご馳走様でしたマスター」

「おうよ」

右腕を抱えられ強引に立たされて店を出る











「歩ける....自分で」

「説得力ないよ、僕に捕まって」



立ち上がった衝動で脳が揺れる感覚がした
酔っ払うってこんな気持ちなのかな
なんか....思ってたのと違う



「近くに公園があるんだ、そこで少し休もう」

「うん...」


私を気遣いながらゆっくりと歩を進める
そんな優しさが微笑ましい
私の世界はほぼ伸兄と狡噛さんで出来ている
あとは高校や今の職場で女友達がいるけど深い仲になった事はない
ましてや男の人なんて





「さ、座って」

そう言いながら私をベンチの上に下ろして、その隣に自らが座った




もうこんなに夜だったのかとか、東京の夜景は綺麗だとか改めて辺りを見回して考えていた

相変わらず思考は鈍い



「...私ね、親、いないの」

「...名字さん?」

「私が小さい時に死んじゃって、しばらく一人ぼっちだった。寂しかったし辛かった。我ながらよく乗り越えたと思う」

「.....」

急に身の上話をしだす私に驚いているのかな
自分でもよく分からないけど他人に言いたくなった
上部だけの付き合いの人には一度も話した事がない

「それで運良く今の家族が拾ってくれたの。私を人生のどん底から救ってくれた。本当に大切な人達なんだ」

「そ、そうだったんだ....ごめん、僕何も知らずに....」

「当たり前だよ、言わなかったんだから」


隣に座る相馬くんは、どうしたらいいのか分からないと言ったような顔をしていた


「....相馬くんは優しいね、モテるでしょ」

「そ、そんなこと!」

「私、こうやって男の人と分け隔てなく喋ってるの初めてだよ。食事に誘われたのも、お酒を飲んだのも、公園のベンチに夜中に二人で座るのも、相馬くんが初めて」

「....僕勘違いしちゃうよ?」

「私が勘違いしてるのかも。相馬くんは私の事が好きなんだと思ったんだけど」

「....名字さんには敵わないな....」

「ふふっ、当たり?」



私ずっと何言ってんだろ
脳が許可を出す前に言葉が出てくる
全く制御が効かない
全部喋ってしまってから、そういう話をしたいんじゃないと取り戻したくなる
誰か別の人に思考を乗っ取られてるような気分だ


「名字さん....好きだ」

途端に火照った頬にヒヤッとした感覚がして、それに自分の手を重ねる

「相馬くんの手、冷たくて気持ちいい」

「....それは承諾したと受け取っていいのかな」


違う
絶対にあり得ない
告白されたら断わればいいと思っていた私はどこに行ったの
ダメ
拒否するの
手を離すの


「....私酔ってるみたい」


















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「もう店は閉まったよ!」

「生憎、捜査には協力してもらう」

「えっ、警察!?」


ギノが先導を切ってバーに入ったのを俺も追う
すでに閉店した店
名前とあの男の姿はない
車はまだ店の前にあるというのに


「この女性に見覚えありませんか、ここを訪れていたと思うのですが」

デバイスから写真を表示して店主に見せる

「あ!相馬くんが連れてた彼女じゃないか!さっきまでここにいたよ。相当酔っ払ってたからなー、今頃ヤッちゃってんじゃないんかな」

「貴様!」

掴みかかりそうになるギノを、ここで感情的になる意味はないと止める


....とは言え店主の証言にさすがに俺も焦る
ギノに名前の恋愛事情に突っ込む資格はないと言っておきながら、あいつの身に“間違い”があってはいけないと思ってしまう


....いや、名前が誰に身体を許そうが俺が何かを言える立場じゃない
だがもし本当に、好きでもない相手に、酔っているのを良いことに弄ばれていたら

.....名前が助けを求めるなら、全力を出すだけだ
もしそうでないのなら、俺は見守る




そう決めて、店主の聴取をしているギノを置いて店を出る
車がここにある以上、酔った人間を遠くに運ぶとは考えにくい
つまりまだ近くにいる


....酔った人間は異様に暑がる事が多い
それなら風に当たれるような場所




「唐之杜、近くに公園が無いか調べてくれないか」

『公園?.....えーっとね、合ったわよ。バーの前の道をまっすぐ。んで最初の交差点で左』

「助かる」










































中央のベンチには、月光に照らされた男女の影が見える

自分の心臓の鼓動が聞こえる

正面から近付くが会話は聞こえない

女が男の方に頭を乗せている状態から動かないことから察するに、眠っているのだろうか




近付けば近付く程、その男女が明らかとなる

男は女を見つめる事に夢中でこちらには気付かない
女はワイシャツの胸元をはだけさせながら、気持ち良そうに眠っている














「そこまでだ」


女の首元に伸びる男の手首を掴む


....あれだけ邪魔をしない、首を突っ込まない、見守ると誓ったのに、現実を目の前にすると衝動というものが介入するのを忘れていた





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