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「.....なーんか、俺らが犯人みたいじゃん」

「監視官の自宅を監視なんて、皮肉ね」

「まぁ仕方ないじゃない、これが一番効率的な手段なんだから」



結局、名前本人には何も明かさず、小型カメラがある名前の部屋にはギノは極力入らない事になった

名前が一人だと犯人に思わせるために

犯人側に音声は伝わっていないため、しばらくすれば....と言う決断だった




「あ、帰って来た」



少し前に刑事課オフィスに来た名前は、約15分後にギノと共に帰って行った

その間、何度か話しかけようとしたが、縢と盛り上がる様子に上手く入って行けなかった



「....なんかすごい優等生って感じっすね....しかもギノさんの保護者感」

「あいつはずっと名前の世話をして来たんだろうからなぁ、俺らから見て名前はしっかりしていても伸元にとっては危なっかしいんだろう」

「あ、はーい!男性陣は慎也君以外向こう向いてちょうだい」



画面の中の二人は玄関で綺麗に靴を揃え、名前は自室へ着替えに
ギノは名前がリビングに置いて行った鞄からタンブラーを取り出して洗浄、そして同様に自室へ

名前の部屋は例の小型カメラで様子が分かるが、一方で監視官はプライベートを配慮してこちらからは見えない



「お、出て来た」

「....なんか、見てるだけで色相が浄化されそうね....」



ソファでダイムと戯れる名前後ろで、観葉植物の世話をするギノ


そんな今まで見た事がなかった日常の光景に負けそうになる











































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「あ、そうだ、ちょっと部屋来てくれる?」

「....どうした」

「明日提出期限の書類があるんだけど全然終わらなくて持って帰って来たの」

「俺は人事課じゃない、だいたい効率的にやらなかった自分のせいだろ」

「いやそうじゃなくて、とある先輩がね急な法事で数日休んでて、それでみんな仕事が....伸兄そういう事務作業は得意でしょ」

「はぁ....どれくらい残ってるんだ」

「私が一人でやれば3時間」

「....それくらいなら自分でやれ、まだ時間はあるだろ」

「待って待って!やっぱり5時間かも!」

「そんな手に俺が乗ると思ったのか」

「お願い!一緒に見たい映画があるの!」

「....明日でもいいだろ」

「手伝ってくれないなら一係に伸兄の寝顔晒す」

「は?そもそもそんな写真持って

「あるよ、見る?」

「なっ、やめろ!」



そう端末を出そうとする腕を慌てて掴んだ
唐之社に拡大解析でもされたら最悪だ



「分かった!手伝うから俺の部屋に来い」

「え?なんで?」

「来ないなら手伝わ

「行く!行くよもう!」




















この家で現在唯一プライベートが保たれた空間はここだけだ



大変な事が起きているというのに、名前に悟られないよう出来るだけ通常の生活をと尽力する

それでも内心は、いつ何が起こるか気が気でない


一応名前には、いつどこであの置物を手に入れたのか聞いたが、全く良い情報にならなかった


隣に引っ越して来たという男性からもらった例のパンに入っていたそうだが、名前も覚えていない、隣人で最近引っ越しが行われた記録も無い

メモリースクープをするかという案もあったが、いくら何でもそれでは名前が不審がると却下した


唐之社がログ解析で得た犯人の所在地も架空の物で、被疑者側から追い込むのは無理があった



.....かと言ってあまりにも俺の存在が目立てば襲撃して来ない可能性もある


一体何故こんな事に








「うわ、さすがエリート。速過ぎ」

「お前より一年長く社会人をやっている、経験の差だ」

「....なんかそれムカつく」

「ならさっさとやれ、映画見るんだろ」

「そうそう!最近出たホラー映画でね!友達が面白かっ

「まずは仕事をしろ」

「は、はい....」




なんとしてでも傷一つしないように....











































「....ひっ」



結局俺が7割近く手伝って約1時間半で終わった

夕飯を終え、風呂にも入り、お互いこのまま就寝しても良い状態でリビングにて名前が言っていたホラー映画を鑑賞する



「もう無理....」

「所詮偽物だ」

「伸兄平気なの!?」

「.....仕事でいくらでも本物を見ている」

「.....それは確かに」

「よくそれで監視官になろうと思ったな」

「う、うるさい!映画中なんだから静かに!」



膝を抱えて鑑賞する様子に、怖いなら見なければいいと思うが、そういう事じゃないのだろう

国民全員が色相を気にする世の中になったいま、ホラー映画ですらあまりストレスを与えないように作られている

よって、子供騙しのような物だ





「名前、怖がり過ぎだ」

「だ、だって!」


力強く腕に絡み付いて離れない名前は、それでも鑑賞をやめない

部屋の明かりも消し、カーテンも閉め切った室内には、スクリーンから漏れる光だけがその怯えた顔を照らす


「あと何分くらいかな....」

「もうやめたらどうだ、明るい時間に見る等方法はいくらでもあるだろ」

「ダメダメ!こういう雰囲気が無いと!暗くて怖さを倍増させる雰囲気が!」

「....なら一人の方がさらに恐怖が増すんじゃないのか」

「....そ、それは無理....」

「何が違うんだ」

「どんな時でも希望は無いとダメだよ!伸兄は絶対守ってくれるって信じてるから」




今最も気にしている事に図星を突かれたようで、一瞬息が詰まったような気がした


「......映画で襲われるわけないだろ」

「まぁ、そうだけど、精神的な拠り所みたいな感じ....って、ちょっと!え!?なんで消すの!?」

「そんな拠り所を必要とするような状況に自ら追い込むな」


突如暗闇と化した部屋に、今度はカーテンの下から僅かに漏れる街の灯りが明るく感じる



「そろそろお前も寝た方がいい、もうすぐ1時だぞ」

「ま、待って!」


ソファから立ち上がろうとした俺の腕を、名前は離すどころか余計に力を込めて来た


「.....今度は何だ、明日も仕事だろ」

「む、無理だよ....」

「何がだ」

「ホラー映画見た直後だよ!?」

「....まさか、寝れないとか言わないだろうな」

「うっ....」



その反応に思わず溜息を漏らした
だからやめておけと言ったんだ







「.....それで、どうしたいんだ」





「そ、その.....伸兄の部屋行ってもいい....?」





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