▼ Gift cont.

「あ、伸元くん!久しぶり!刑事になったんだって?」

「あぁ」


まるで立食パーティーだ
特にこれといった進行も無い自由な形式
新郎新婦の計らいらしい
皆友達同士なのだから自由に楽しく過ごして欲しい、と言う

それでも私にとっては殆ど知らない人だ
何となく顔を見た事ある人や、何となく名前を聞いた事ある人
伸兄に話しかけて来る人に毎度「こんばんは」と挨拶する程度だ


「伸元くん、ずいぶんカッコよくなったね!彼女居ないの?」


最初っからドストレートだ...


「君には関係無いだろ」

「冷たいなぁ、連絡先教えてよ。今度一緒に食事とかどう?」

「え、私も!」

「ちょっと、私が先よ!」


合図でもかかったかのように数名の女性の波に押される
....そう言えば結婚式って男女の出会いの場だったっけ
稼ぎの良い職の上に外見が揃うと、欲しがるのも無理はない


「いっ!....」


うち一人の女性にヒールで爪先踏まれて思わず声が出るも、女性達の伸兄に迫る声に掻き消される

わざとじゃないのかも知れないけど、お邪魔虫なような気がして、掴んでいたスーツの裾を離してお手洗いに行くことにした








手に触れる水が冷たい

なんか思ってたのと違うな....
かと言って私は何を期待していたのだろうか

少なくともこんな、苦しいような寂しいような感情を抱くはずじゃなかった

....鬱陶しい程に私の事を気に掛けてくれるのに慣れ過ぎていたんだ



「はぁ...」




思わず漏れた溜息に驚きながらもお手洗いを出



「あッ!」



てすぐ誰かとぶつかった



「ごめん!大丈夫?」

「はい....って、暁人さん....?」


杉本暁人さんの妹とはクラスメイトだった
家に遊びにいったこともあって、その関係で会った事はあった


「名前ちゃんだよね?久しぶり!」

「お久しぶりです!美紀ちゃんは来てないんですか?」

「妹は緊急の仕事が入っちゃってね。どう?ちょっと話さない?」












ベランダに出ると冷えた夜風が気持ちいい
私の右手にはリンゴジュース、暁人さんはシャンパン
見た目は似ているのに、全く非なるもの


「名前ちゃんは今何してるの?」

「厚生省公安局で働いてます」

「さすがエリートだね!」


すぐ身近にさらに上のエリートが居るから、全くそうは自覚できない


「僕はテレビ局のディレクターをしてるんだ、今はストレスケアのCMを制作中なんだ」

「そうなんですか!代表作は何ですか?」

「そうだな...“雪の恋人”って知ってるかな?」

「最近やってた恋愛ドラマですよね!?観てましたよ!」

「嬉しいな、こうして直接視聴者と話すなんて初めてだよ」

「物語が素敵でとてもドキドキしました!まさか暁人さんがあのドラマのディレクターだったなんて!」


なぜか有名人にでも会ったような気分だ








それからしばらく妹さんの美紀ちゃんの事を聞いたり、お互いの高校時代の話をしたり

気付けばグラスは空になっていた



「リンゴジュースだよね、僕が取ってこようか」

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」

「じゃあさ、その代わり一つお願い聞いてくれる?」


私の手からするりと空のグラスを抜き取る


「今日この後、どう?」

「え?この後ですか?....特に用事は無いですけど、何をするんですか?」

「名前ちゃんは小悪魔タイプかな、ずるいね」


言葉の意味が分からず首を傾げる


「まぁ楽しませるから、心配しないで。じゃあ了承してくれたって事でいいかな?」

「あ、はぁ....って、え」





いきなり腕を引かれたと思えば、すぐに優しく支えられる






「いい度胸だな、杉本」

「チッ、あともう少しだったのに」

「話せただけでも有り難いと思え」

「ちょ、ちょっと待って!伸兄、何怒ってるの?」


そう聞くと大きく息を吐いて、そのまま手を引かれた


「あ、暁人さん、ありがとうございました!楽しかったです!」


遠ざかっていく暁人さんにちゃんと届いただろうか
































「お前はもう少し危機感を持てないのか!」


地下駐車場で怒号がこだまする


「何あいつの誘いに乗りそうになってるんだ!」

「そ、そんな怒んないでよ...」


こんな状況なのに、腕を組む姿に瞳孔が開く私はやはりおかしい


「なら、あいつに抱かれても良かったと言うのか」

「なっ!そんなわけ

「そうと受け取られても仕方ない状況だったんだぞ!」

「ご、ごめん....」


...まぁ確かにカラオケか何かだと思って了承しかけた


「そもそも、勝手に離れるなと言っただろ。どれだけ探したと思ってるんだ」


確かに端末には12件の不在着信


「だって伸兄、女の人達の相手に手一杯で全然構ってくれなかったんだもん....」

「....いや、あれは俺だって」

「....寂しかった、忘れられてる気がして」




何かまずい事を言ってしまったのか
地下駐車場が静寂に包まれる




「....そうか、すまなかった......っ、名前?」

「私からするのはダメなの?」

「.....いや、それも悪くないな」



せっかくのスーツにシワが出来る程強く抱き付く
そんな私に応えてくれる腕に安心する




「....そろそろ帰るか?」

「会場にあったプリンもう一個食べたい」

「取って来るから、車で待っ

「また一人にするつもり?私も行く」

「....まったく」















たまにはこんな、伸兄に甘い日もいいかも知れない



それを堪能出来るのも私の特権





[ Back to contents ]