▼ 家族

「ねぇ、もうすぐお父さんの誕生日だよ」

「だから何だ」



自室の観葉植物の世話をする伸兄は、相変わらずお父さんに冷たい



「“だから何だ”じゃないよ!私はともかく、伸兄は本当の親子じゃん!」

「それでもあいつは潜在犯だ!俺たち家族をめちゃくちゃにしたんだぞ」

「もう!私がお父さんだったら泣いてるよ」


そうベッドに腰掛けたまま、上半身をシーツに任せた


「本当に祝う気無いの?」

「無い」

「全く....私と伸兄の同じところは、お互い両親を失って一人だって事。違うところは、伸兄の両親は生きてるって事」

「......」

「もし私のお父さんが生きてたら、絶対祝ってあげたかった。伸兄、まだ生きててしかも同じ職場って、幸せだと思わない?」

「.....お前と征陸が接するのを禁じているわけじゃない。やりたいなら勝手にしろ」

「ほんと、可愛くない息子だよね」

「余計なお世話だ。それより、勝手に人のベッドで寝るな!ほら、起きろ!」

「はいはい」



立ち上がって部屋のドアノブを引いた



「サプライズにしたいから、絶対お父さんに言わないでよ!」

「分かったからさっさと自分の部屋に戻れ」


























私は退勤後、すぐに近くのケーキ屋さんで予めオーダーしておいたバースデーケーキを取りに行った

それを大事に大事に抱えて、執行官宿舎へ来た


お父さんの部屋の前緊張してチャイムを押した





ベタだけど、喜んでくれるかな





そう緊張しながら待つも、なかなか反応が無い


まだオフィスにいるのかな、と伸兄にメッセージを打つと今日は非番との事


....どこにいるんだろ


さすがにケーキを抱えながら歩き回るのはリスクが高いと思って、とりあえず玄関前にそっと置いた


食堂かな?

とエレベーターホールに続く廊下を曲がった時だった






「わっ、痛っ!」

「っ、すまない!大丈夫か!」



出会い頭にぶつかったのは、スリーピースのスーツがよく似合う狡噛さんだった

....いつ見ても紳士でかっこいい

この想いをテレパシーで伝えられたらいいのに



「大丈夫です....私こそすみません」



差し伸べられた手をドキドキしながら取る



「誰か執行官に用か?」

「あ、はい。お父さんに....その、今日誕生日なので」

「そうなのか?ギノはどうした」

「仕事中だと思いますけど?」

「いや、そうじゃなくて、父親の誕生日だって気付いてるのか?」

「あ、はい。私がサプライズしに来てるの知ってますから。伸兄は祝う気が無いみたいで....」

「全く、あいつは....仕方ないやつだな」

「無理もないですよ....それより、お父さん見ませんでした?」

「とっつぁんなら今日は非番のはずだが、部屋にいないのか?」

「はい、チャイムを押しても返事が無くて....」





私がさっき来た道を進んでいく狡噛さんの後を追った

お父さんの部屋の前で、今度は二人で止まる


狡噛さんがチャイムを鳴らしてみたがやっぱり反応が無い



「.....名前、サプライズだって言ったよな?」

「は、はい」

「....なら良いか。狡噛慎也、監視官権限により征陸智巳執行官の宿舎開錠を申請」

「声紋ならびにIDを認証。解錠します」

「す、すごい...」

「監視官権限は初めて見たか?」

「はい....私もそれやってみたかったです」

「名前が監視官か、想像できないな。俺は少し用事があるから、あとは好きにすれば良い」

「ありがとうございました」



そう頭を下げてから、部屋の中に足を踏み入れる








「お父さーん?私、名前だよ」



そう声に出しながら見渡すと、見覚えのある茶色い頭がソファから見えた

寝てるのかな?と覗くと



「お!名前!?」


と驚く目とあったものだから、私まで持っていたケーキを落とすかと思った



「すまんすまん、音楽を聴いていたんだ。どうやって入った?」


そう言いながらヘッドホンを外す様子に、まずはケーキをテーブルに置いた



「狡噛さんに開けてもらったの、用事があるってどっか行っちゃったけど」

「あぁ監視官権限か、便利なものだな」

「それよりお父さん!」

「お、な、何だ?」



私はその首元に思いっきり抱きついた



「誕生日おめでとう!」

「.....覚えててくれたのか!はぁ...涙が出そうだ」

「え!泣かないで!」

「嬉し泣きだよ、それはもしかして俺にか?」

「うん、この日のためにオーダーしたの。開けてみて」




プレートには、シンプルだけど
“Happy Birthday!大好きなお父さん”



「大したものじゃなくてごめんね....」

「子から貰う物は何でも宝物だ。本当にありがとうな、名前」

「喜んでくれるなら私も嬉しいよ、お皿とかとってくるね!」

















「美味しい?」

「あぁ、世界一幸せな味がするよ」

「そんな、私本当の親子でもないのに....」

「俺にとっては名前も伸元も、正真正銘俺の子だ。むしろ名前の方が、あいつより親子らしく接してくれるじゃないか」

「伸兄ね、気持ち分かるけどちょっと酷過ぎるよね!?今度ちゃんと叱っとく!」

「ハハハ、良い兄妹に育ってくれて良かったよ。俺は本当に幸せ者だ」







その時だった



扉が開いた機械音と共に、聴き慣れた声が私とお父さんをそちらに振り向かせた




「おい!離せ狡噛!いい加減にしろ!」

「とっつぁん、今日誕生日だって聞いて.....」

「なっ!狡噛!」

「これが俺からのプレゼントだ、とっつぁん」


“家族団欒を楽しめよ”とまたすぐ出て行ってしまった狡噛さんが残して行ったのは




「誕生日プレゼントに、息子とはな。いいセンスしてるじゃないかあいつ」

「....俺は貴様を父親だと

「伸兄!今日はそういうの無し!」

「....っ」

「さすが名前の言う事は聞くんだな。どうやって手懐けてるんだ?」

「うーん、美貌かな?」

「ハハハ、それはいい判断だ!」

「....揃いに揃って、俺を馬鹿にするのか」

「伸兄ってば!その前に言うことあるでしょ!!」


そう諭すと、不味そうな顔をして、額に手を当てながら盛大にため息をついた


「.....誕生日、おめでとう」

「ありがとな」


嬉しそうに笑いながら伸兄の頭を撫でようとするも、それを払ってしまう息子

全く....素直になればいいのに



「家族はいいなぁ....二人ともこんなに立派になって....」


目が潤み始めたお父さんに私ももらい泣きしそうになる


「今日という日を一生忘れない。伸元、名前、俺はこの二人の父親で良かった」

「ちゃんと長生きしてね、お父さん」

「そうだな、娘の晴れ姿を見るまでは何があっても死ねないな」

「ごめん....まだ時間かかりそう....」

「後悔の無いように選ぶんだぞ。少なくとも俺みたいな男はダメだ。名前の側にずっと一緒に居てくれる男を探せ」

「もうお父さん!」








確かに私達は全員名字が違う

でもこれが私の家族だ


何よりも大切な家族



これが永遠に続きますように





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