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「はぁっ....ぁッ」



悪く言えば新鮮味の無い、正確な刺激

でもそれに安心して身を任せる事が出来る



「伸にっ、もう無....んん」



口内を乱す柔らかな感触
このタイミングでの強引なキス

私は何故かそれが好きだ

一度もそうと言ったことは無いけど、こうして与えてくれるからわざわざ言う必要も無い

.....分かってやってるのかな

もしそうだとしたら恥ずかしい



「は....んッ!」



全身を回る快楽に肩を震わすと抜かれていく指

それに物寂しささえ覚えてしまう体




「はぁ....ねぇ、本当に彼女作らないの?」

「望んでもいないくせに聞くのか」

「.....でも....」

「言ったはずだ、俺にはお前だけだ」

「.....じゃあさ、あの夜は伸兄も“初めて”だったの?」

「....あぁ」

「キスも?」

「だったらなんだ、悪いか」



.....私達はお互いでお互いのありとあらゆる“初めて”の相手に成り代わっていたのかと今更気付く

正直私は伸兄で良かった、むしろ伸兄が良かったのかもしれない
ここまで信頼出来る人もいないのだから



「.....良かったの?私で.....」

「....聞かなくても分かるだろ」

「え?」

「考える事は同じだ、名前」

「なっ、あ、待っ....」

「はぁっ....無駄話は、そこまでだ」



遠慮無く押し入ってくる熱は全く乱暴ではない

その圧迫感に達してしまいそうな情を逃さないように、必死に枕を掴んだ



「ぁっ、はぁ、え」



いとも簡単に力を込めていた指先を解かれると、一本一本丁寧に私よりも長い指に絡まれて行く

そのままシーツに埋めるように固定されれば、快感から逃げる事も出来ない



そろそろ目元にかかって来た前髪が私と同じリズムで揺れている

いつまで伸ばすのだろうかと気にはなるものの、そんな事を考える余裕もない

私を捉えて逃さない端正な顔立ちと艶やかな息遣いが、まるで麻薬だ




「はぁ....もう限界なのか」

「ちょっ、なん、で!激しっ、ぁあッ!待っ、て!」

「どうせなら、くっ....一緒の方が、いい」



私の所謂“良い所”を、いつから気付きそれを見つけたのか知らないけど、基本的にいつもそこを攻めて来る

嫌だと言うのも何か違うなと思い、何も言い出せないでいる

お陰で毎回私は何度も

最後には疲れ切ってしまう




「待って!お願、はぁっ、まだ....」



キツくキツく私を抱きしめる腕と、耳を這う暖かな感触

ダメだ....

止められない

もう終わってしまう















































「っ、はぁ...はぁ....」


ぴったり重なったお互いの胸が、互いを押し返すように酸素を取り込む


「もう!まだ待ってって言ったのに!」

「俺が早く終わらせたかったと思うか、と言っても、どうせお前は動いてくれないんだろ」

「......だって....それは....」

「ここで待ってろ、すぐ戻る」




そう床に落としっぱなしにしていたバスタオルを拾い上げて腰に巻くと、そのまま部屋から出て行ってしまった

.....別に家の中なんだから、裸でも誰も文句言わないのにな





























言葉通りすぐ戻って来た伸兄の手には何かの缶



「何それ?」

「最後の一つだ」


そうプルタブを開け飲み始めたと思ったら


「えっ、なに.....んんっ!?」


突然目の前に迫った顔に反応する隙も無く、口に入って来る液体

に、苦い!

そのあまりの苦さに逃げ出したくても、後頭部をしっかり抑えられてる状況に仕方なく飲み込んだ



「ウェッ!なにこれ!?すごい苦いんだけど!」


缶を持つ手を掴んでそのラベルを読むと
“メディカルビール”


「ビール....?」

「お前が俺をこの家に一人置いて行った時に飲んでいた残りだ」

「.....ご、ごめん.....でもお酒ダメだって」

「俺と居る時だけにしろ、それなら許可する」

「.....私もう社会人なのに許可制なんだね」

「自分の身を守る為だ」



全く心配性なんだから



「貸して」




私はその手から缶を奪うと一口分を口に含んだ



「おい、あまり一気には飲



そう忠告しようとする顔を両手で引き寄せ、同じように流し込んだ



「.....お前、キスだけは積極的なんだな」

「伸兄だけだよ」

「っ.....」

「それより、“どうせなら一緒がいい”よね」

「いちいち俺の真似をするな」

「少し前の質問だけど、私は伸兄が私に似たんだと思う」

「残念ながら逆だ」





そう私の右手を取り、手首からゆっくり隅々まで確認するように口付けを落として行く様子に、クラクラして来る




「ぁッ....」




その顔から目を逸らせないでいた私に不意打ちのように、指が先程まで強く攻められていた部分をかすめる

さっきまでとは打って変わって、優しくスローなテンポの落差に身体が困惑する



「っ!な、なに?」



ちょうど胸辺りを這っていた視線に突如射られ、伸びた髪を耳に掛ける仕草が妙に目に毒だった



「.....顔が赤い、もう酔ったのか?」

「ち、違っ.....いや、そう!酔った!」

「.....名前、俺に嘘が通用すると思うな」

「.....で、でもたまに通用してるよ?」

「それはお前に譲ってあげてるだけだ。嘘をつく程言いたくないという事だろ」



その言葉に思わずまた缶を掴んで、口内に流し込んだ
































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「あっ、はぁ....ん、伸兄....」

「はっ....名前、それはっ.....ダメだ」

「伸兄っ、んぁッ.....離さないで、ずっと、側にいて」

「くっ、お前は酔わないと、はぁ....そういう事を言ってくれないんだな」




もはやどちらが攻めているのかも分からない

ただ二人求め合うまま




何度も何度も逸楽の沼に堕ちて行く


































「名前、」

「.....なに?」


疲れ果て眠りに落ちそうな名前は、振り絞った声で相槌を打つ









「俺の名字を名乗って欲しい」

「宜野座ー?宜野座名前もいいかもね....」






俺もこんな時でしか言えないのかもしれない














「結婚しよう、名前」








返事もしない名前は、酒のせいでこの夜の大部分を忘れる

だからこそ言えた言葉
だからこそ消せる言葉






いつか本当に伝えられる時が来るのか




その時名前はどうするのだろう





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