第2話 まんじゅう怖い
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すっかり発泡酒はぬるくなっていた。時間はもう遅かったが、すこし冷やしてから飲もうと冷蔵庫へ酒を入れちょっと経ったときだ。めったに鳴らない、いやおそらく初めてなったともいえるインターホンが鳴った。
ドアスコープを覗くと人見がいる。このまま無視でもしようかと思ったが、うなだれている人見の様子はどこかおかしかった。仕方なく最低限の幅を開けるとがっしりと扉を掴まれる。閉めさせる気を一向に感じなかった。
「…何」
「あさかぁ」
縋り付くような目に嫌な予感がする。分かりやすくへこんだ人見は全身で慰めてオーラを出している。
「んだよ、帰れよ」
「…鍵、ない……」
「……この酔っぱらい。どこに落としてきたんだよ」
やっぱり開けなければよかった。これから言われるであろう言葉を予想してうんざりする。
「今日だけでいいから!ごめん浅香…泊めて?」
手を合わせて必死にあざとく首を傾げるが、ごめんだ。少し屈んだ人見のいつもより少し低い位置の目を睨みつける。
「ケータイはあるんだろ。さっき別れた連中と連絡とれば?」
「明日のバイト早朝なんだよ。廊下でもトイレでもベランダでもいいし、布団なんていらないから、横になれればいいから!」
「………」
知らねーよ徹夜でバイト行けよ。宅飲み連中と朝まで騒いで遊んでろ。横になれればいいならそこにでも寝っ転がって朝まで寝とけよ。
「飯おごるから」
「いらねぇ」
「雑用するから」
「迷惑」
「ご飯作るから」
「……うちに上げたくないし」
「あ、今ちょっと迷ったでしょ」
「ああもう!なんなんだよ!」
これ以上ここで言いあっても埒が明かないどころか、にやにやと笑い楽しみ始めた人見を見て襟首をつかむ。そのまま狭い玄関に引き込むと、バランスを崩して足をひねった。
「っ…!」
このまま廊下に倒れるとデカい人見の下敷きになる。瞬時に判断した俺はとっさにもう片方の足で体を支え直し、壁側へ背の向きを変えた。
「うおっ」
人見がアホそうな声を上げる。背中になかなかの衝撃がきたが、最悪の事態は回避できたようだ。ほっと息を吐くと、そこには俺に掴まれるがまま壁に手をついた人見の首筋があった。
「…っ」
「ごめん浅香、大丈夫?」
「……どいて」
「あ、うん」
言われるがまま離れた人見を置いて、サンダルを脱ぎ捨てリビングに向かう。後ろを振り返ると途方に暮れた顔で人見が俺の言葉を待っていた。胸がざわつくのは苛立ちのせいだろう。
「…早くあがれよ」
目を丸くした後、顔を明るくすると小学生のように元気よくお邪魔します、と言う。間取りは同じだからたいした新鮮味もないだろう。それなのに人見はリビングまで入ると、興味深そうに部屋全体を見回した。なんとも恥ずかしい。
「敷布団ないから」
「あ、いいよ。雑魚寝で」
人見を見ると、足の踏み場もないくらい床に散乱したたくさんの本に釘付けになっていた。ベッドと机、最低限のものしかないこの部屋で唯一異様な匂いのものだろう。
無造作に積まれたりドミノ倒しになった本にはまるで統一性がない。俺はたいてい生きることも死ぬことも諦めているが、たまに、たまーに、その沈んだ精神が浮上する。そんなときに自分の置かれたこの環境を調べてみる気になった。その残骸というのがこの本たちだ。いくら調べても参考になりそうなものは見つからなかったが。
「すご…浅香こんなに本読むんだ…てか俺マジで廊下で寝る感じ?」
「テキトーにはけといて」
雑に本を端に寄せ始めると、あまりの雑加減に人見が慌てて俺を止めた。
「ちょっとページとか折れまくりじゃん!」
「あ?別にいいだろ。それともなんだ、お前は使った雑巾を見て汚れてることを気にするのか?」
「本は雑巾じゃありません!」
「……」
本棚もないのにせっせと綺麗に本を端に寄せ始めた人見を見て、なんとも言えない気持ちになる。家に他人がいることだけで違和感なのに、なにを人の家の整理整頓をしているんだこいつは。
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