第2話 まんじゅう怖い
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しばらく呆然と人見の様子を眺めていたが、ようやくまだ風呂にも入っていないことを思い出した。人見用の掛布団とタオルを用意すると、本の整理に夢中になっている人見に声をかけることなくシャワーを浴びに行く。湯舟にはつかれないが、少し一人で頭を整理したかった。
家を出るまで予想もしていなかったこの状況は、考えようにも頭がそれを拒絶した。俺の部屋に俺以外の人間がいる、人の気配がする。なんとも言えない感情に言葉をつけるのは難しい。
結局俺が出した結論は気味が悪い、ということに収まった。
リビングに戻った時、床には長いこと本で隠れて見えなかったカーペットが久しぶりに姿を見せていた。
「すげー床が見える」
後ろから声を掛けると振り向いた人見が苦笑いした。気になった本でもあったのか、一冊の本を開いた状態で持っている。
「寝床の確保と奉仕かな」
すっかり酔いの抜けたように見える人見の前で見せつけるかのように缶ビールを開けた。ベッドに腰かけて缶を煽る俺をただ人見が見つめている。居心地の悪さにベッドの端においた掛布団とタオルを指さした。
「湯は張ってないけど、シャワーなら浴びれば」
「…なんか、浅香が優しい……」
「俺はいつも優しい」
「さっき俺を追い返そうとしてよく言うよね〜」
ふにゃふにゃと笑う人見を無表情で見上げた。やっぱり俺の部屋に誰かがいるというのはなんとも落ち着かない。頭にかけたままのタオルが影になっているのがありがたかった。
人見は俺の濡れた髪を見てまたクスクスと笑うと、ちゃんと乾かせみたいなことを言ってシャワーを浴びに行った。一人になったいつもの部屋に、他人が浴びるシャワーの音が聞こえる。
綺麗に整理された本たちを見て、私物に触らせたことを後悔した。もし人見がこの本の題名や中身を見たり覚えていたり、興味を持ったとすれば…少し面倒だと思った。中にはラインを引いている文があるものもあるはずだ。それを知られたことでどうなるわけでもないが。
「はぁ……」
空になった缶をシンクに置くだけ置いて、ベッドに身を投げる。バクバクと心臓の音が聞こえてきてもう一度溜息を吐き出した。
「……情けない」
ようは緊張している。始めて他人を家に上げて、こんな近くに他人の存在を感じて。いつものようなダル絡みじゃない。俺と人見だけの空間はなんの誤魔化しも逃げも効かない一対一の空間だった。
人見は周りががやついていないと以外にもおとなしいんだな、なんてうとうととしながら思った。今日はまだ一本しか飲んでないのに疲れてるからか、横になってるとどうしても、眠い。
心地よい眠りの波がやってくる。上がらない瞼とささやかな戦いをしていると、意識の遠くでバスルームのドアが開く音を聞いた気がした。
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