第3話 紛れ、惑う
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教師は目立つ。教育者である以上問題は起こせないうえ、それなりの制約がかかる。不祥事は一大事だ。職場の人間関係、生徒との関係、保護者との関係…とにかくリスクばかりだ。
そんなリスクばかりの世界で世間体を気にして生きる人間に、人殺しなんてことをしでかす者は滅多なことじゃいないだろう。もしかしたら教育者であることの制約が俺を守ってくれるんじゃないか。
なんて考えで教師に狙いを定めたが、もしかしたらそれは間違いだったのかもしれない。
部活動の朝練習の掛け声が聞こえるグラウンドを横目に、正門の前に立ち登校する生徒に挨拶をする。隣の人見には笑顔で挨拶をする生徒も、俺には引きつった顔で小さく会釈した。それもそうだろう。
人見いわく俺の目つきは、「家族も親戚も一族一人残らず殲滅されて唯一生き残ってしまった、世界に絶望している漫画に一人はいるダークサイドに堕ちた元仲間」らしい。そんなもの真に受けたら、俺はよっぽど危険な目つきをしていることになる。俺はせいぜいリストラ寸前のリーマンくらいがいいんじゃないかと言った。
まだ早い時間だからか、登校する生徒はまばらだ。門で挨拶をする、という役目になっている実習生は全体の半分。緩んだ空気に周りの実習生はおしゃべりを始めていた。
「人見くんは何の教科だっけ」
「うん?俺は数学だよ」
「へえーすごーい!」
俺と人見以外のほとんどはこの学校の出身者だから、必然的に俺たちには一線が引かれていた。にも関わらず、すんなりとその輪に入っていく人見に顔をしかめる。ただデカくてヘラヘラ笑っているだけの人見は、どこに行っても人に囲まれた。それはもう大学で人見の存在を認識するようになってからすでに分かっていたことだが、なんとなく苛ついた。
「担当の先生は?遠藤先生?」
「いや、黒木先生」
「ああ〜黒木先生か…ちょっと曲者で有名だったからなぁ…頑張ってね」
「そうなの?若くてかっこいいけど」
「まあ顔はねー」
きゃらきゃら笑う実習生を横目に早くも帰りたくなる。2週間で今までにないくらいの人間と関わることになるわけだから、気も抜けない。
その後も生徒が途絶えたら俺を抜いた実習生同士での会話が盛り上がり、時間になるとこぞって職員室へ引き返した。移動を始めると人見はごく自然な動作で俺の横に並んでくる。まるで並んで歩くのが当たり前とでも言うような動きにまたしても腹が立った。
人見といれば、なんでもない些細なことに気が立ってしょうがなかった。
「今日からだねー緊張してる?」
「別に」
「ええーほんとに?今日いつもよりクマひどいよ?」
ケラケラ笑いながら言う人見の声はいつもより若干上ずっていた。緊張しているのはきっと人見のほうだろうに。見上げると案の定、落ち着きのない目がさまよっていた。
「…肩んとこ、ほこりついてる」
「え、わっ、恥ずかし」
わたわたと手で払う人見を見ていると、ふとどこからか視線を感じた。
鋭い目つきはどんよりと暗い、目が合えばゆっくりと逸らされ職員室へ入っていったのは、人見の指導教諭である黒木先生だった。
「………」
色白で切れ長の目もとにはほくろがある。高校の教師にはもったいないくらい、整った中性的な顔立ちをしていた。
なんとなくどこかで見たことのある顔のように思ったが、心あたりは見つからない。それより俺も大概目つきが悪いが、あの黒木とかいう男も相当悪いように思う。あの目つきで教師ができるのなら俺にできないことなんてないじゃないか、とぼんやりと思った。
「浅香くん、おはよう!」
呼ばれて振り返れば、3年生のクラスを担当している遠藤先生がにこにことほほ笑んでいた。俺の指導教諭であり、50を過ぎたベテランだ。
どう考えても、この高校は俺と人見の指導教諭を間違えているように思う。
「ほら笑って笑って」
「すんません、表情筋硬くて。頑張ります」
「君ちゃんとしゃべれば声通るのに」
もそもそと答えると心配そうな顔をされた。
朝は学年ごとに打ち合わせをした後、担当の先生についてそれぞれHRへ行くことになる。ちらりと人見を見ると、2年担任の黒木先生にくっついている。黒木の目は寝不足というには無理があるくらい暗かった。なんてことを俺が言えば、お前が言うなと言われるのだろう。
ただやっぱり、どうしても黒木の顔が頭の片隅引っかかりもやもやした。しかしあまり深く考える隙もなく、そのことは遠藤先生に連れられHRで自己紹介をしている間にどこかへ行っていた。
「浅香くんはとっつきにくい割に堂々としているのがいいね。今日は授業前に準備室まで来てくれる?空きコマは交渉して他の先生の授業も見学させてもらいなさい」
「わかりました」
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