第3話 紛れ、惑う
← 21/48 →
結局3時間ほど寝て学校へ向かい、無事人見は合格をもらえたらしい。俺がついた頃には控室でぐったりと授業ノートを見返していた。
「おは〜さっきぶりだね浅香」
「お前自分の家にいたほうが疲れとれるんじゃないの?なんで毎日くるんだよ」
「そこに浅香がいるから」
「深夜テンション引きずったまま授業すんなよ?」
聞けば人見は案の定といえばいいのか、生徒にも好かれているらしい。自分で言うのもなんだが、俺は授業の評価がめちゃくちゃいい。対してHRに関してはぼろくそだ。生徒の名前も覚える気がないことを察しているらしい遠藤先生に毎日やんわりと釘を刺されている。もちろん覚えてはいる。ただそれは名前を呼ぶだけという一連の作業であり、生徒一人一人と関わろうとか接しようとかいう意思はない。
そこのところで人見は教師からも評判がよく、生徒にも懐かれている。俺のようなゲスと違って教育者にふさわしい奴なんだろう。
「まあ、今日授業5時間目だし」
「はぁ、そう」
「気が抜けてんなぁ。浅香は?」
「一時間目」
「初っ端じゃん!授業中あくびとかすんなよ!?」
言われた端から大あくびをしながら教室を後にする。俺が人見から離れた瞬間、周りの音が耳に入った。
普段俺以外の実習生は戦友とでも言うように皆仲がいい。もちろん人見もその輪の中に自然と溶け込んでいる。俺だけがそこを拒み、拒むまでもなく人見以外の奴は俺に話しかけることもなかった。ただ人見と話している時に、不審な目で見られているのだった。
教員用のトイレに入り、スーツのポケットに入っていたメモを取り出した。
気づかぬうちに入れられていたものだ。心あたりはなくはない。これ以上関わりたくなくて知らないふりをしていたが、それももう時間切れなのかもしれない。
『旧倉庫に来なさい。』
そう書かれた紙が入れられていることに気がついたのは2日前だ。丸1日無視を決め込んだところで無駄だった。
享幸くん、といつものまるで表情のない顔で呼ばれるのだ。誰もいないところを狙ってそう呼んでくるのは黒木。俺のことを名前で呼ぶ人間なんてこの人生じゃ親くらいしかいないはずだ。いったい黒木は俺の何を知っているのか、分からずじまいでここまで来た。
ただ呼ばれるたびに鳥肌が立つ。それは胸にナイフを当てられた時のようで、殺される直前のような緊張と同じだった。相変わらず黒木の顔を見るたびに頭の片隅の何かの記憶が刺激されるのを感じたが、そこから何かを思い出せることはない。
もしかしたら、ここが分岐なのかもしれないなと密かに思う。何十回と繰り返した人生がもし終わりに向かっているなら、これこそ分岐に必要な強制イベントなのかもしれない。
時計を確認すると、そろそろ職員室へ向かう時間だ。1限が終われば黒木と話す。嫌でもその必要はあるのだろう。
薄暗い職員用のトイレから出て職員室へ向かう途中、黒木と鉢合わせした。軽く会釈をすると、向こうも無表情で返してくる。相変わらずひどい目つきだ。せっかく顔が整っているのに全てを無駄にしている。
人見が前に俺と黒木の目が似ていると言ったのを思い出した。
俺もこんな目をしてたのなら、そりゃ確かに誰も話しかけないし、相当危険な奴だと思われていただろう。
俺と黒木は一言も発することなく、並ぶようにして職員室へ入った。
← 21/48 →