第4話 連れ去って、逝って


← 27/48 →



 意識のずっと向こうでインターホンが鳴っているのが聞こえる。覚醒してくる意識の中で、それが現実世界のものだと判る。重い体は朝に比べてずっとすっきりとしていた。まだインターホンは何度も鳴らされていたが、起き上がる気もなく、いつものように居留守を使う。なり止む気配のなさに少し苛ついた。

「浅香ーどうせ鍵閉めてないんだろー?開けないなら勝手に入るぞー」
「やべっ」

 気づいてはいたがやっぱり人見だ。飛び上がりタンスからジャージを引っかきだす。がちゃりとドアが開く音が聞こえて慌ててジャージに足を突っ込むが間に合うわけがなかった。上も下もパンツに肌着のTシャツと人に見られるにはあまりにも恥ずかしい恰好だ。

 独り暮らしの1Rなんて入られたら終わりだ。隠れる場所などない筒抜けの廊下から、人見が顔を出して、無言になった。

「あー……えっと、ラッキースケベ?」
「ふざけんな!勝手に入ってくんじゃねぇ!」

 すぐそばにあったボックスティッシュを投げつけ、とりあえずジャージを穿いて、パーカーを羽織りチャックを上まで引き上げた。

「……なんか用?」
「うはは、機嫌わるいなぁ。別に特にこれと言って用があるわけじゃないけど」
「帰れ」
「冷たいんだよなぁ。これあげるから許してよ。一緒に食べようぜ」

 差し出されたのはやたらとデカいケーキだった。ホールケーキにしては小ぶりだが、一人で食べるにしては大きすぎる。思わず人見を仰ぎ見るとにやりと笑った。

「バイト先の新商品。さっそく廃棄になってたからパクってきた」
「ああ……コンビニだっけ」
「そそ」

 袋からコンビニの小さなフォークを取り出すと、わざわざ封を切って渡してくれる。昨日の夜から何も食べていない腹が小さくきゅうと唸った。聞こえたかと人見を窺うが、特に気づいた様子はなかった。

 今日一で腹にいれるのがこんな甘いもんなのかよ…。ちょっとそれもどうかと思ったが、ケーキにフォークを伸ばす。一口、口に入れると案の定甘ったるいクリームが口のなかで溶けていく。顔をしかめ、コーヒーを入れに立ち上がった。

「あ、やっぱり浅香って甘いもん嫌い?」
「別に」
「あ、コーヒー俺もちょうだい」

 インスタントのコーヒーを淹れ持っていった時にはケーキは半分ほどになっていた。コーヒーをすすりながらケーキを食べる。外からは鳥の鳴き声が聞こえてきていた。時計を見ると、9時半を過ぎたころだった。

「にっが…これブラックなんてもんじゃなくない?」
「甘党は黙ってクリーム食ってろ」
「へいへい。浅香今日は特に予定ないの?」
「…忙しいよ」
「何すんの?」
「……家で」
「ごろごろするだけかよ」

 ははっと快活に笑うと人見が意味ありげな視線をよこした。その視線になんとも腹が立って睨みつけると、にっこりと人のいい笑顔を浮かべる。

「彼女がいたなら言ってよー」
「は?いねーよ何勘違いしてんのキモ」

 頬杖をついた人見が手を伸ばしてくる。反射的に振り払いそうになったが、気づいたときにはもう遅かった。人見の指がそっと俺の鎖骨の下のあたりを撫でてくる。

「じゃあコレ、誰が痕つけたの?」

 言われて視線を落とすと、鎖骨の下に赤い痕がついている。さっと頭に黒木の顔が浮かぶ。あの野郎…。たかがセフレが調子のってんじゃねーよ。

 パーカーのチャックはきっちり上までしめていたのに、背の高い人見にはそんなもの上から覗きこまれて通用しないようだった。こんなところに痕がつけられているなんて気がつかなかった。


← 27/48 →

戻る
Top