第4話 連れ去って、逝って


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 しばらく大学をサボった。単純に黒木と無理をしすぎて腰が立たなくなったからだ。そこのところ黒木は平気な顔して仕事をしているのだろう。腹が立つ。

 久しぶりにゼミに顔を出したが、案の定誰も俺のことなど興味がないようだった。助手だけが中間発表の進歩だけを義務的に聞いてきた。一言問題ないと言えば表情を変えることなく去って行く。話したくないのなら、わざわざ嫌な仕事に真面目に取り組まなくてもいいだろうに。

 下らないことに腹が立って仕方ない。誰彼ともなく当たり散らしそうな精神の不安定さにあきれる。

 座ってばかりで凝り固まった体も悪いのかもしれない、と気分転換に学内のコンビニまで出ることにした。すっかり真夏の暑い空気がむわりと立ち上がる。ああ、駄目だ。今度は暑さに苛々する。

 コンビニの前まで来るとやっと涼しい場所に入れる、と思わず気が抜けた。自動ドアに手を伸ばしたとき、触れる間もなく中から派手な連中が出てくる。さっと横に避けたが、その集団の中に人見を見つけ反射的に体が固くなる。

「……」

 見なければいいのに、俺は友達と笑いあう人見から目が離せなかった。気づいているのかいないのか、人見は少しも俺に視線を向けることなどなかった。そのまま俺の真横を通っていく。去り際に人見のつける独特な香水の匂いが鼻先まで届いた。

 本当に気づいていないのか…。
 いつもなら何で気づく?というくらい俺を見つけて鬱陶しく絡んでくるのに。
振り返ると、変わらず人見とその周りの連中は笑いあっていた。

 …当たり前じゃないか。あそこに俺の居場所があるわけがない。人見はもともと住む世界の違う人間だったんだ。そもそも最初に拒絶したのはどっちだった?もう関わるな、と俺はそう言ったじゃないか。こうなることを望んでいたじゃないか。

 なんだか懐かしい感覚だ。人見と出会う前に戻ったみたいだ。これがいつもの俺。
 視線をもとに戻すと開いた自動ドアから寒気がするくらいの冷気があふれ出してきた。








 俺はいつでも浅香の味方だから。忘れないでね、ずっと。

 そう囁いたの誰だろう。紛れもない人見であるのに、あいつはついにあれ以降俺に話しかけてくることもなければ、目を合わせることもなくなった。

 当然そうなることを望んだのは俺だし、むしろそうしてくれと人見に頼んだようなものだった。それなのに、喪失感は思った以上に大きく、そんな穴を埋めるかのように呼ばれるたびに黒木と体を重ねた。

 通い慣れたキャンパスを見渡し背を向ける。校内には早めに開花した桜が咲き誇っていた。研究室の後輩から形だけで渡された花束を手に、まだ残る引っ越しの準備をしに早々アパートへと引き返す。春から都内の公立高校で常任の数学教師として働くことが決まっていた。

 ついに25歳の大晦日まで2年を切っていた。


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